斬り急ぐ如く、剣魂つる。
Le magicien
それは黒かった。
それは細かった。
それはまるで粘運動するミミズのようだった。
「何かが」。「何かが家の中に入ろうと扉を開けようとしている」。
エメは「それ」を目撃した時悲鳴は少しあげたが、目の前の事象に考えが追いついていなかった。
それをよくみるとなにかの「手」のように見えた。太い腕にいつくもの手が生え、焦らすかのように扉を徐々に開けようとして床に張っている。
エメが思わず走りよって扉を無理やり閉めようとしたが、少し室内入っていた「手」が抵抗してなかなか締められない。
その時、外から声が聞えた。
「行け!」
それとともに家の揺れは収まり、狼の威嚇と何かを噛み砕く音、そしてその悲鳴。
先の声は狩人だ。そして狼は何かと争っている?
その時、外から灯りが差して目の前の「手」も一部見えた。
「…………っ!」
エメはなんとか悲鳴は飲んだがそれをよく観察できてしまった。それは木だった。表面にはいくつもの「顔」があり「手」だと思っていたのは枯れ木の枝と幹。しかし異常に黒いものだった。
無意識にエメは胸に下げていた獣笛を吹いた。吹いた瞬間にどこから現れたのか、あの白毛の大狼がエメの後ろから目にも止まらぬ速さで扉から室内に侵入しようとしていたそれを外に獰猛に押し出した。それと瞬間にエメは扉を何とか閉め、施錠すると、急いで一階のリビングにいくと明かりをつけて机の前に小さくなって耐えた。
外からは狼が複数匹、何かと争う音。木が折れる音に何かがぶつかり、割れる音。
エメは全てが怖かった。何がどうなっているのかも分からなかったが、とにかく狩人が来てくれるの待った。
しばらくして扉を叩く音がしてエメは体を震わせた。
「僕だっ! 開けてくれ」
エメは急いで開けると狩人は入ってくるなり直に施錠し、エメの両肩に手を置く。
「まさかとは思うが、外にある花壇を弄ったね? あと横にある枯れ木も」
「ごめんなさい。私、少しでもあなたの力になりたくて。喜ばせたくて。でもよくわからないけれど、そのこんなことになるとは思わなかったから」
そこまで聞いた狩人は頷くようにその言葉を吟味した。
「大丈夫だ。大体のことは済んだから。朝まで家中の灯りをつけて一緒にリビングで開けるまで待とう」
そう言うと狩人は蝋燭をつけて回り、怖がるエメを抱いて夜があけるのを待った。
不思議な事に狼の吠える声も、木の軋む音も、なにも聞えなかった。
朝、太陽が出てから、霧がかかる家の外に出てみてエメは驚いた。
昨日までなかった木がそこら中に立っていたからだ。さらにそれらは恐らく、狼によって噛まれた後や折られた後、さらにそのまま折られた姿と残骸を散らかしていた。家を顧みると家の屋根にも木の枝が残っていた。
「これを見てしまったからには言わない事は出来ない。花壇も横の枯れ木もこれらから守る為の物だった。話さなかったのは僕の過失だったが無駄に君を怖がらせたくなかったんだ」
「……そう」
エメは狩人の気遣いは嬉しかったが今は何を聞いても全て信じてしまう心境だった。
枯れ木があった場所には粉砕された木があった。バラバラにされてエメがかけた布だけが残っていた。
「いいわ、これから徐々に知っていけば」
あの狼は結局どこへ行ったのだろうか。花壇はめちゃくちゃにされ、ボロボロの木の根が蔓延っている。
「……これは何なの」
狩人は言おうかどうか迷ったらしいが少し口を開く。
「魔女の副産物だ。この森は魔女によって作られている。だから僕が、『僕らが』番人なんだ」
エメは良く分からなかったが、うん、と頷くと、ふとこちらを見ている視線に気づいた。
霧の中、小川に架かる橋の上に人がこちらを見ていた。
シルエットからして女性だろうか、手には長い銃を持っているようにもみえるし剣にも見える。
しかしその人物は直に輪郭が崩れ、犬のようなものになると走り去って行った。
It is hard that I take a life even when.