ぞろぞろとぞろぞろと殺しがいがあるのが出てくる。
Le Chasseur Ⅱ
小屋の中には様々なものであふれかえっていた。農機具に様々な工作道具、さらには狩りに使うのか、刀剣類に銃が数丁。机に二つの木造椅子に暖炉、二階へは螺旋上の狭い階段を登っていくようだ。
「さあ、早く服を脱いで。そうしないと風邪を引いてしまう」
小屋の惨状もそうだが、相変わらずの調子の青年にエメは諦めたようなため息を着く。
「あなたには一般的な配慮やたしなみというものはないのかしら。どう育ったらそんな風になるのか後で聞きたいわ」
青年は皮の帽子を脱ぐと無言で机の上でエメの荷物を置く。
「それは済まない。だが君は随分と我がままだ。ここには執事や使用人はいない。替えの着替えも木綿の服ぐらいしかない。もちろん着替えているうちは二階に退散しよう、でも他人から恩をうけるということをちゃんと知ってほしい」
そういう青年は帽子を脱いだ姿はずっと年相応になった。短い黒髪を垂らし、これで身だしなみを整えたらさぞかし良い男になるだろう。
「まったくわからないわ。なんであなたへ恩を感じなければならないの。着替えるから早く二階へ行って頂戴」
青年は不満も何も言わず、そのまま狭い室内を移動し二階へ行った。水をすったドレスを脱ぐにはかなり苦労した。下着の替えはあるはずもなく、そのままで我慢し、美観もなにもない木綿の服に着替えると狩人を呼んだ。
すると彼は手際よく暖炉を炊くとエメの服を木に通して火に当てる。暖炉の上にある水をいれた金属の皿を載せ、湯を沸かすと紅茶の葉を入れた容器に通して自分とエメ用にと、椅子に座っている前出す。
エメは椅子に座ったままじっと紅茶を眺めながら言う。
「なんでこんなに埃臭いのかしら。あなたは掃除というもの知ってるの」
「休憩小屋といったはずだ。不満なら出て行って構わない」
青年が立ちながら紅茶を飲む風景をみて、エメはやはり怒り心頭した。
「あなたが連れ込んだのでしょう。それだったらこんなドロ水じゃなくてちゃんともてなしなさい」
「君が承諾して君がついて来たんだ、僕のせいにしないでほしい。それにここにはそのような泥水しかない我慢して飲んでもらわないと体が冷える」
エメはそのまま自分の分の紅茶を一気の飲み干し、言う。
「もう! ここにはもっと何か楽しめるものはないの」
「何もない」
「ならあなたが何か話しなさいよ」
青年は自分のカップを机に置くと、対面に座った。
「君は本当に我が侭だな。君が我が侭なのか、それとも君のような偉い人たちの子息は我が侭なのかわからないが。それは直したほうがいい」
「今度は説教? 前から言うおうと思っていたけれどあなたは人間味がないわ。感情に乏しくて何を考えているかわからない」
「そうしているんだから仕方が無い。じゃあ、何か話そうか」
そうして、髭を触る青年はしばらく黙り、口を開く。
「君は僕が道の邪魔をしているといったがそれは君の勘違いだ。言えない事は色々あるが、君に会うためにああやって会っていた」
「…………」
「そして僕もなにも知らないわけじゃない。美人だが性格に問題があるという君の噂は僕も知っていた。だから僕は君のことが好きになった」
「…………え?」
「しかしこのような状況なのだから僕の求婚は受けてもらえないだろうと控えていた。だが機会があるなら君にいってもいいかと思う。どうか僕と結婚してもらえないだろうか?」
「ちょっと、待って!」
エメは淡々と語る狩人の口を止め、不思議そうに見てくる青年に言う。
「あなた今何を言っているか分かってるの? 一人の女性に生涯を尽くすって言ってるのよ?」
「いや、伝わらなかったか? だから君の事が好きだ、」
「いやだから、」
また話し始めようとする青年にエメは割ってはいる。
「もっと段取りという物があるでしょう! あなたは色々急に物事言い過ぎているわ。そもそもなぜ私を好きになったの?」
「君が美人だからだ」
しばらくエメは口が聞けなかったが、それでも言う。
「それだけ?」
「いいや、君のその我が侭な性格と世間知らずな困った気性も気に入った」
エメは喉の奥を鳴らし、でも反論しなかった。求婚を断った数ある男性の中でもあちら側から断りを入れてくることがあり、それもエメの人間性を理由にしたものが多かったからだ。だがそんなものを認めるエメではない。
「直すなとは言わないが、これから結婚するとなれば君のその性格は問題だ。だから直してほしい」
「まったく図々しいわね! あなた! 建前ぐらい言えないの?」
「好きになったのだから他にいいようがない。君の性格も好ましく思っているがただ暮らすとなると問題になると思ったからだ」
そしてしばらく沈黙した。
青年はそのまま紅茶を啜り、エメは呆然としたまま俯いていた。時間が過ぎ、服が乾いたという青年の声に早々に着替え、今までの質問の中でも特に簡単な、初めに聞いておくべき質問をした。
「あなたは何者なの?」
「僕はただの狩人だ。君に全部話すことが出来ないのは申し訳ないと思うが」
エメは苛々しながら履き物を履くと玄関らしき木造の扉を開けると言った。
「せめてその髭をどうにかしなさい! 身だしなみぐらいは何とかしなさい!」
エメはそう言って小屋を後にした。
数日後、屋敷にいると使用人に呼ばれた。なんでも噂の奇妙な狩人が自分に会いたがっていると言う。まさか本当に自分のことが好きなどと吹聴する彼が来るとは思わなかったが、自分で会うと伝え、門扉にいる青年に会いに行った。
相変わらず白毛の狼を一匹連れているが、くたびれた格好は変わらない。しかし直に目にして驚いた。青年は顔中にあった髭を剃って来たのだった。その風貌は長い鼻梁に整った目鼻立ち、年齢相応の若さの美男子だった。
「それは、何?」
「ああ、これか?」
エメは顔のことを言ったのだが彼は手にした花束をエメに渡してきた。
「正式に求婚しようと思ってきた。僕には何も無いので不自由させてしまうがどうか僕と結婚してほしい」
しばらくエメは放心していたが、思った以上の美男子の彼に言われると悪い気はしない。だがみすぼらしい青年に簡単に返事をするのが気が引けた。
「この花束は? 正規の花ではないわね」
「そのへんで摘んできた。綺麗なものが好きだろうと思って」
その言葉にエメは正気なのかと思い、青年を返した。
しかし狩人の青年は何度も訪れ、その度にそっけない贈り物を持ってきた。
エメ自身は彼自身の事は始めは嫌い以前の問題ではあったが、他の形式上1度諦めてしまう貴族子弟と比べては、好きになってしまったといって良かった。もっとも、よく考えれば、狩人とであったあの日から好きだったのではないかと疑ってしまうくらいのものであった。
だがエメにとって狩人が美男子で紳士的であれば何でも良かった。相変わらず彼のことは謎が多いがそれでもなんとかやっていけると思った。
ある日から小川付近や小屋で二人で出かけるようになった。なんだったら外で彼のことが見たかったからだ。
しかし彼は狩りをするでもなく、ずっとエメについていた。いつしかエメは聞いたことがある。
「あなたはなぜ狩りをしないの?」
「狩りはするさ。でも狩りをしてはいけないと時がある。今はたまたまその時期と被っているだけだよ」
狼もどこから現れるのか毎日数が違った。だがそんなことはどうでもよかった。
一緒にいる時間が増えてよくわかったのは狩人は何で出来るということだった。裁縫、料理、修理や工作まで。
エメはそれに嫉妬しつつも自分もやってみようにも、そんな教育は受けていなかったからさっぱりわからなかった。
「さて、どうだろう。僕たちはそろそろ結婚をしてもいいと思うんだが、いや、君を一番に大切にする。結婚してくれないだろうか」
「ええ、喜んで!」
その日のうちにエメは狩人の求婚を受け、そのことは街の話題となった。
Surely I will give oneself to you.