人は他人の考えが分からない。
自分は他人の考えが分からない。
だからコミュニケーションをとろうとする。
だから相手を「知ろう」としたい欲求が出る。
だから相手を愛したくなる。
だから相手を殺したくなる。
さて、はてさて、では誰が他人の考えを定義づけるのだろうか。
他人か?自分か?民衆か?メディアか?
そういった思考差路が生まれるから「ヒト」というのは飽きない。
見てて飽きない。観察してて飽きない。考えて飽きない。勉強して飽きない。
ヒトの行動は学問のそれを超えている。つまり実体験するしかほかならないわけだ。
相手をしろとうしない人は欠陥品だ。どうしようもなく手遅れ。
どうにもならない、前に「自分」に気づくことだ。