さくら荘のペットな彼女 7月某日 | ひっぴーな日記

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体が重い。

ああ、多分数日前の七海の養成所の中間八表を手伝ったせいだろう。間に合ってよかったけど七海はああいってたが、おちこんでなけりゃいいけど。……でも七海も少しましろと仲が良くなった気がする。

熊五郎……あれ、熊次郎だったか。秘密にしなくちゃ。七海あんな趣味もっていたなんて美咲先輩あたりにしられたら日には。

 どうにもさっきから体が重い。やっぱり七海のために走り回ったのが引きずっているのか、毎日美咲先輩に引きずりまわされているのが原因なのか。エントリーシートの緊張からくるものだろうか。きっと通るなんてましろに言われたのが少し救いになった。そのおかげで通ったような気がしてならない。誰よりも努力しているましろはきっとそれに気づいていないのだから。ましろの言葉で救われる人がいるなんてことすら気付かないのだろうし。七海だって、きっといつか報われる日がくるだろう。

 いい加減暑さで目が覚めてきて、真夏の熱気が体中を覆っている感覚が襲ってきた。目覚めの前に来るぼんやりとした脳内の確認作業が始まる。やはり腹辺りに何かが乗っかっていていつもどおり猫かと思ったが何かが違う。それ以上の重さだ。それに何か両側にも熱をもった「それ」は圧倒的な感触で空太を目覚めさせる。

ゆっくりと目を開いた。

 肩紐ワンピースにチュニックのミニスカートを履いた、黙っていれば可愛らしい女性が腹の上にまたがっていた。

 なぜかその顔は満面の笑みで空太を見下ろしていた。その名、宇宙人上井草美咲。

 驚きと混乱の内に開口一番叫んだ。

「いやだ!」

「いやだじゃないも~ん! 朝はおはようだよ、こーはいくん」

「いやだ!!」

「なんだ! まだ夢の中か! 悪夢か! あたしが起こしてやる起きろ!」

 ビンタされた。乾いた音が部屋に響き渡る。猫が一匹だけ反応したぐらいだ。

「あれ? 俺なんか悪いことしましたっけ? ていうかこれが悪夢だ! なにしてんすか美咲先輩!」

「らーめん食べに行こうぜ!」

「そういうのは朝馬乗りになりながら言うもんじゃないよね!」

「マグロになってたら確かにオスは萎えるよね」

「まーそーですねーってその話題まで戻るのかよ! でなんで馬乗りになってんすか!」

「らーめん食べに行こうぜ!」

「あーなんか村人Aと話してる気分になってきました。で? 今度どこ行くんです?」

「おー! さすがこーはいくんだ! 話がコンコルド並に早いね! それは着いてからのひ・み・つ」

「退役した旅客機を引っ張り出さないでください。ていうかそうやって秘密にしてこの前は大阪いったじゃないすか! 今度はだまされなねーぞこんちくしょう!」

「遠足の行き先が秘密って結構たのしくなくなくなくなくなくない?」

「それはもはや楽しいのか楽しくないのかわかりませんが、美咲先輩だとリアルハワイとかリアルロサンゼルスとかありえるんでマジいやです」

「大丈夫国内だから。あたしの行動範囲は飛行機だからねー」

「だから行く気まんまんじゃないですか! 絶対いやだ!」

「大丈夫だよ。今度はボディーガードを五人くらいつけるから」

「そろそろ美咲先輩の大丈夫がもうあきらめなよ、に幻覚してきました。ていうか馬乗りいい加減やめてくれませんかね!? 大事なとこが色々ヤバイんですよ! これでも青少年なんですからね!」

「も~こーはいくんは諦めるってことばを知らないかな~こうか! こうか!」

「今諦めるって言った! 言ったでしょ!つーか揺れるの止めろ! 止めてください大事なとこが!ていうか熱いからいい加減降りて!!」

 この前美咲が珍しくお好み焼きを奢るよーなんていうものだから着いていったら新幹線にぶちこまれて大阪まで連れられ、そこでお好み焼きを食べたあとそのままさっさと帰ってきた。大阪滞在時間数時間。意味不明である。さすが宇宙人。

 ここでイエスと言ったら沖縄どころか外国のどこそかへ拉致されるのはもうポストカードのように想像できる。

「なにしてるの」

 淡白な声がした。高いソプラノで落ち着いた声。そこ声だけでましろと判断した。美咲の肩越しに入り口に立っているましろを確認して、

「お前が何してるの!?」

 今のましろは裸にバスタオル一枚。つまりかなり際どい格好をしていた。

 少し首を傾げたましろは、

「ちょっと騒がしかったから見に来た」

「俺の質問はスルーなんですね。ていうかお前はなんで裸なの? いつも裸なの? いい加減裸族って疑うぞ?」

「お風呂入ってた」

 よく見れば確かにほんのりと湯気が立ち、白い素肌にはまだ水滴がついて髪がぬれている。それに気付いた美咲が手を振る。ましろの姿にまったく動じない。

「お! ましろんもらーめん食べに行くかい!」

 ましろは少し考えた後、

「やめておくわ」

「そっかー。残念だねー」

「なんで椎名はソッコー諦めるんですか先輩!」

「あたしのポリシーは諦めるだからだも~ん」

「そこで諦めんなよ! 頑張れよ!」

「それで美咲はなんで空太の上に乗ってるの」

「それは神か美咲先輩が教えてくれるんじゃね?」

「やってみたいわ」

「真似しちゃダメです!」

「諦めんなよ」

「真似すんな!」

「空太、なんだか怖いわ」

「この状況で言われる言葉じゃないよね?」

「でも楽しそう」

「あーもいいです、誰でもいいですから助けてくださいマジで」

 そんな願いが通じたのか、今度は風呂場のほうから足音が聞こえてきた。

「ましろ、なにしてんの! そないな格好で歩いちゃダメやない! はよう服きんと!」

 随分焦ってるのか地の関西弁が出た七海の声が聞こえた。なるほど。汗をかいたましろを風呂に入れていたのか。というかつまり二人で入ってたということか。

「ましろなんでいつも服きな、わ! 神田君! 上井草先輩も何してるんですか!」

 ようやくまともな人物が来た。どうやらこれからバイトのようで、ジーンズにラフなTシャツにバッグを提げている。先の風邪から回復してからはなんだからさくら荘の異常性を正そうとしているがそんなの不可能だというのに。

「おう! ななみんも一緒だったのかい! これからこーはいくんとらーめんたべにいくんだけど、ななみんもいくかい?」

「俺が行くのは決定なんですねはいはい」

「いや、私はこれからバイトが、じゃなくて、とりあえず神田君から降りてください! 早く!」

 え~、なんてなぜか不満そうにようやく美咲は空太からどき、開放された。腹がじっとりと熱をもって汗で染み付いている。

「あたしはただこーはいくんとらーめんたべにいくだけだも~ん」

 なぜか正座で説教される形になる美咲と七海。

「それでなんで上井草先輩が神田君に馬乗りになるんですか?」

「愛情表現?」

 少しこめかみを押さえる七海。止めとけ。美咲と会話するとかるく五時間は宇宙人の話を聞かされるぞ。

「あーもいいです。私これからバイトあるんでましろに服着せてからいきますんで。らーめんなりなんなりたべてきてください」

 理解を放棄した七海はバスタオル一枚のましろの背中を押してましろといってしまった。

 そして残された美咲と空太。なぜか正座両者して並んで扉を見ている。

「……それでどこ行くんですか先輩」

「……牛がいるところ」