昨日は実母の誕生日。


忘れずに覚えていました。

と言うよりも、手帳に書いていました。

間違いなく、忘れてしまうと思っていたので。


それで安心したら









おめでとうの

電話を忘れた…

( ̄ー ̄;





昨日の誕生日で、母は74歳。


昭和8年生まれ。

物心がついたときには、戦争でした。

学童疎開の経験もあります。


愚息としては、

これからの余生を出来るだけ楽しく、穏やかに過ごして欲しい。

そんなことを今更ながらに思っています。


自分自身、歳を重ねることで

いろいろと考え方も変わってきました。

父も含めて、両親に対する見方も変わりました。


最近よく思い出すのは、

自分がこの世に生まれてきたのは

父・母がいたから。


至極、当然のことですが、
その父・母がこの世に生まれてこれたのは

祖父母(ジジ・ババ)がいたから。そして、その前のジジババも。


子供じみた話ですが、

これが人類誕生以前の太古の昔から、

永遠と繰り返されてきた結果として、今、自分がいる。


宗教的な意味や解釈なんかは別として、

そんなことを考えていると

ご先祖様に対する考え方も変わってくる。





手と手を合わせて、

幸せ…(^人^)




そんなキャッチコピーも、変に納得できる。



個人的には、様々な生物が進化してきた中で、

種として人間が誕生し、そして今の自分がある。

なので今が如何に大切かが、ちょっとだけ分かってきた。


もちろん、自分で終わるわけでなく、

出来れば自分自身の子供、

そして子孫たちが、平和な世界で安心して過ごして欲しいと切望する。


そんなことを考えていると、環境対策ひとつにしても、

ただ自然を守るとか、維持することを声高に訴えるだけでなく、

まずは自分達が、今存在していること自体に感謝しないといけない。


自然に対する謙虚さと言うか、

畏怖の念と言うか、

自分は生かされていると言う感覚が、日常の中でも大事ではないか。


そう言う考えを持った上で、

我々の子孫のために地球の環境を守ることが、

必要ではないか。


ただ闇雲に環境、環境と唱えるだけでなく、

自分達が何処から来たのか、

そして、何処に行くのかをシッカリ考えたい。

人の一生は、普通で80歳ちょっと。

しかしその後も、

我々の子孫が生きていく、大切な時間が続きます。


あの時代の連中は、アホやったな。


そんなことを将来言われないように、

ちょっとでもいいから、

なんとか頑張りたい。


しかしその前に、





オカンに

おめでとうを言うの忘れてたのは、

それ以前の大問題です…





生まれてくれて、

ありがとう

ございました。

(ノ´▽`)ノ


この場を借りて、

まずはお祝いの言葉まで