最近、学生や若い世代の事件が多い。
ここ1ヶ月半、朝のワイドショーを見る機会が多いので
いろいろと容疑者(犯人)の生い立ちを見たり聞いたりする。
事件の悲惨さ・残酷さも目に付くが、
動機があまりにも短絡過ぎて理解できない部分が多い。
あくまで個人的な意見だが
事件だけでなく、世の中全体の風潮が
〝現状(0)〟と〝結果(100)〟のみしか、存在しないかのように思える。
〝過程〟はどうなったのか?
自分自身の目標、たとえそれが親の無理な希望であっても
目標に達成・到達するまでの過程(道のり)を
あまりにも最短距離で考えていることが多いのではないか?
学校の成績がよいことが、その最短距離を進む上で有効であるのは確かだが、
あくまで必要条件ではないだろうか?
学歴のないわたしの意見を納得していただける方は少ないと思うが、
「学歴があれば最短距離で目標を達成できる」との考え方には疑問が残る。
いつもの話で、完璧な人間であるかどうかではなく、
完璧な人間になれるよう、日々努力することが一番大事。
そこに人それぞれの〝過程(道のり)〟があり、
結果(100)は一緒でも、その〝過程(道のり)〟が違うことで各自の人生に輝きが増す。
スピードアップや改善は必要だが、
過程を短縮または削除してまで目標を達成しようとすると、必ず無理がくる。
ただ、しっかり〝過程(道のり)〟を踏んでいても失敗することがある。
運・不運も関係する。
しかし、ちゃんと〝過程〟を踏めば失敗で終わりにならず、
新たな目標・次の課題を達成するための〝経験〟となる。
〝過程〟の効用は、人間の器・大きさを作りあげるエネルギーだと
考えるのはわたしだけだろうか。