2020年7月18日。
わたくしはこの日を一生忘れることはないと思います。
そう、この日は俳優の三浦春馬さんが天国へと旅立たれた日。
この日を境に、わたくしの人生は一変してしまいました。
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皮肉にも……、わたくしは春馬さんが天に帰られたことで、春馬さんを深く知ることとなりました。
あの日を境に一気に春馬さんについての報道がネット上でも様々になされ。
また、本当に多くの方々が、彼を偲ぶコメントを出されまして。
それらを沢山沢山拝読して見えてきたのは、
最後の最後まで懸命にご自身の生を生きようとなさったであろう、
春馬さんのお姿でした。
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わたくしは今でこそ、この世で生きておりますが、
(……という表現も、どこか変ですが)
2004年の8月に、「命の恩人」のおひとり……である、かつての上司のかたにお出逢いするまでは、
まるで死んだように生きておりました。
若かりし頃からずっと途方もない生きづらさを抱え、
大学に入ったころから情緒不安定さに拍車がかかり、
25歳から30代半ばまでの約10年間はずっと「うつ状態」で、
いつも心のどこかで「死にたい、死にたい」と思い続けておりました。
・・・
そんなわたくしが「今回の人生、最後までちゃんと生き切ろう」と心の底から思えるようになったのは、
前述の、大変心のあたたかな、本当に素晴らしい、ある上司のかたにお出逢い出来たからです。
このかたはお仕事においてはとても厳しいかたでもいらっしゃいましたが、
それ以外の面では、ただひとりの人間として、こんなわたくしをも、いつも真っ当に、大切に接してくださり、
このかたの「おひととしてのあたたかな愛情」に日々接することを許されているうちに、
わたくしはそれまで生きてきた人生のかなしみを超えるほどの「生きる力」を
与えていただくこととなったのでした。
その後、2007年の1月4日に突然サイキックとして目覚め、それから、わたくしの人生は根底から「よいほうに」覆され。
様々なお導きをいただいて、今は、生涯の夢を実現するために懸命に生きている者でございます。
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そんなわたくしにとって、春馬さんが自らこの世を去ることを選ばれたことは、到底ひとごとではなく。
大変僭越……というか、おこがましい物言いになってはしまいますが、
春馬さんには感性の豊かさなど、どこかわたくしと似た部分が多く感じられまして、
それがゆえの生きづらさも嫌というほどわかる気がいたしましたので、
全くひとごととは思えないんです。
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いつもおひとには優しく、お仕事にもとても真摯に向き合い、
海外でも通用する俳優さんになるために、寸暇を惜しんで、たゆまぬ努力を重ねておられた春馬さん。
そのお志を断念されるほどの、彼の中にものすごいおくるしみ、おかなしみがあったことを思うと、
とてもとても胸がくるしくなります。
・・・
わたくしは、自死を否定する者ではありません。
どうしてもこの世で生きてゆけない、それほどまでのつらさや痛みを抱えるかたがいらっしゃることは、
前半生散々苦しんできたことで、わたくしもよーくわかっているから。
でも、もしかして、もしかして、
春馬さんは最後の最後まで生きたい、と願われたのではないか? と。
一部報道で、春馬さんが抱えておられたくるしみについての記述がなされておりましたが、
いつもおひとにはあんなに明るく、とびっきりの笑顔で接しておられた春馬さんの人生、
その大半が、その「かなしいもの、おつらいもの」ばかりだったとは、わたくしには到底思えないのです。
・・・
これは、あくまでもわたくしの勝手な想像ですが、
そうしたある種の「闇」を抱えながらも、
最後の最後まで、春馬さんは懸命に生きようとなさったのではないか? と。
多分……、今回のこと(取り返しがつきませんが)は、きっと、一瞬の隙を狙って、
言わば「死神のような存在」が春馬さんを向こうに引っ張ったがゆえのこと、なのではないか? と。
そう思えてならないのです。
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勿論、前述のとおり、既になされた報道等では、春馬さんが、それまで手元にあったものを処分されていたのではないか? とか、
前々からこの世を去る準備をなさっておられたのでは? ということも言われていたりします。
でも、わたくしにはどうしても……あれほどエネルギッシュなかたが、
自ら真っすぐ死に飛び込まれたとは、やはり思えないのです。
(繰り返しになりますが)、きっと、ほんの一瞬の……、彼の心の隙間が、あのような事態を招いてしまったのではいか? と。
現に、救急隊のかたが到着されたとき、まだ彼の心臓はかすかに動いていた、という報道もなされていますし。
春馬さんは最後の最後まで生きたかった、でも、それが叶わなかった、ということなのではないか? と、
わたくしには思えてならないのです。
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これまた繰り返しになりますが、春馬さんがお亡くなりになられた後、わたくしの人生は一変しました。
それは、彼ほどの素晴らしい生きざまを見せてくださった俳優さんがこの日本にいらしてくださったことに心からの感動と敬意を覚えたということ、
それがゆえ、彼が遺してくださった作品のうち、主なものについて、順番にこれからの一年をかけて、じっくり味わってゆこうとしていること、
そして、夢に向かって積極果敢に挑戦され、おひとにもとてもお優しいかただったという彼の素晴らしいお人柄を見習ってゆきたい、
という思いがあるということです。
それらについては既に始動しているのですが、
もうひとつ、わたくしは春馬さんのご逝去を受けて、どうしてもやりたいことがあります。
それは、こちらの署名活動を行っているように、
本当は生きたいと願いながらも、かなしくも自ら死を選ばざるを得ないかたをひとりでもなくしたい、減らしたい、ということです。
わたくしは元々自分が長年「うつ状態」であったこと、そして、30歳の頃には産業メンタルヘルス業界での起業を考えていたこともあり、
とにかく、これ以上、春馬さんのような形でこの世を去るかたを出したくない、という強烈な思いが自らの中にあるのです。
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それで、何が出来るか……というと、まずはこうして記事を書くこと……くらいからしか始められないのですが、
でも、その思い、志を、春馬さんのお名前にちなんで " Pegasus of Spring " プロジェクト と銘打って、
これから長い時間をかけて、様々な形で活動してゆけたらな、と思っております。
きっと春馬さんの「三浦春馬」さんというお名前自体、商標登録などもされていますでしょうし、
自分の勝手な思いに、大切な春馬さんのお名前にちなんだタイトルをつけるのはよろしくないことなのかもしれませんが……。
でも、もし、このままお許しいただけるのであれば、わたくしはこの名前で、この活動をこれから出来るだけ長い時間をかけて、細々とでも続けてゆけたら、そう思っております。
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20代の頃、わたくしは自らの生きづらさがゆえ、心理学等のアプローチから、生きにくさを抱える方々のサポートが出来ないか、
ずっと考え続けてまいりました。
でも、結局、自分の核となるものは、幼い頃からずっと身近にあったスピリチュアリティであり、
その後自身が霊的世界に本格的に導かれたこともあって、
わたくし的にこの志を形にしてゆくのならば、やはり、スピリチュアルな側面から、ということになると思います。
それでも、出来るだけ「何やらわけがわからん怪しい世界」にならないよう、注意しながら、
わたくしだからこそお届け出来るメッセージを発信し続けてゆけたら、と思います。
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―― というわけで、わたくしなんぞに何が出来るかわかりませんが……。
でも、春馬さんの死を決して無駄にはしたくないし、
そのために出来ることがあるのなら、そのために自分が果たすべき役割があるのなら、
ちゃんと取り組みたいと思うから。
なので、この記事を皮切りに、" Pegasus of Spring " プロジェクト をスタート出来れば、と思います。
皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。
長い文章を最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
どうぞあなたさまのお心にいつも優しい希望の光がありますように。
2020年8月10日
夢咲璃い(ゆめさき りい) 拝
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— 日々ベストを尽くす 人生は一度きり 後悔だけはしないように (@FlyAgainRee) August 27, 2020
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女性起業家のための直観コンサルタント 夢咲璃い(ゆめさき りい)オフィシャルウェブサイト







