ブログテーマ 『光の道をゆく』(2014年) では、以前、Puboo(パブ―)さん というサイトで、無料にて公開しておりました、電子書籍『光の道をゆく』の内容を順次掲載していっております。

 

なお、『光の道をゆく』の目次一覧につきましては、こちらの記事をご覧くださいませ。

 

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今日は朝から雨の中、久しぶりに目のお医者さまのところへお伺いしてまいりました。
わたくしの眼科通院歴はものすごく長く、小学5年生の頃から、やれ、近視や、アレルギー性の結膜炎や、と何かとお世話になり。
中学3年生でコンタクトレンズを作ってからは、3ヶ月に一度の定期検診をほとんど欠かさず。
でも、この春、いつもの定期検診にお伺いしてからは、しばらく診ていただけてなかったので、今日、やっと5か月ぶりに、先生のところへお伺いしてきたのです。

診察室に入り、最近の傾向として、ふと鏡を見ると、びっくりするくらい、そう、まるで うさぎさん みたいに目が真っ赤になっていることがあることをお伝えすると、先生、目をご覧になって、「あー」とひとこと。
今見ても、既に赤くなってるね、とおっしゃる。
はい・・・・・・と頷いたのもつかの間、先生は次にこうおっしゃいました。
今のレンズが合ってないのかもね。
え? とわたくし。
先生がおっしゃるには、もうこのレンズが目に合わないのかも。古いしねぇ。ソフトレンズに変えたら? と。

これまで30年間、ずーっと酸素透過性のハードコンタクトレンズだけを使い続けてきたわたくしには、ソフトと聞くだけで、拒否反応。
は・・・い・・・と返事も鈍くなり。

先生の診察のあと、クリニックにいらしゃるコンタクト屋さんのお話を聞いても、最初からその気がないので、気もそぞろ。
使い捨てなら、ランニングコストはこのくらいですね、などとせっかくいろいろと詳しくおっしゃってくださったのに、コンタクトレンズを変える=出費がかさむ、と、まず思ってしまい、その時点でアウト。
おまけにランニングコストが今のレンズに比べてものすごーくかかってしまうじゃぁ、あ~りませんかっ!?
・・・・・・と、だんだん心はブルーに。
お会計を済ませて、クリニックをあとにする頃には、すっかりため息まじりになってしまっていました。

そもそも、この秋はいろいろと出費がかさんで・・・・・・というところへ、コンタクトレンズを変えましょう! とのお話。
一生懸命、頭の中で電卓を叩くも、仕方ない、当面、めがねでいくしかないかぁ、と。
せっかく昨年秋からコンタクトを再開したばかりなのに!・・・・・、あ、でも、もともと、このレンズ、古かったしねぇ、などと、思いはぐるぐる。

小雨降る中、帰り道を急ぎながらも、頭はフル回転で、どうにかして安価にコンタクトレンズを続けることが出来ないかを考え続け。
うーむ・・・・・・となってしまったのでした。

ですが、うちに帰ってから、はた、と気づいたことがありまして。
と、申しますのも、(話は突然変わりますが)、ここのところ、どうしても、高齢者の方の様々な問題に関心がゆきがちなわたくし(親がだんだん歳をとってまいりましたので)、中でも、最近、とみに思うようになったのが、年齢を重ねても、可能な限り、変化への対応能力は身につけておきたいなぁ、ということなのですね。
で、今回のことも、単にわたくしは、お金がどうのこうの、という以上に、コンタクトレンズをソフトに変えること自体に抵抗を感じてしまっているのでは? と思ったのでゴザイマス。

前述のとおり、確かに、この秋はいろいろと入り用で、だから、この夏も頑張って働いてきたわけです。
毎月の収支は予算を決めて やりくり しておりますので、そこに新たにコンタクトレンズのランニングコストが、それも今のわたくしにとっては決してお安くないお値段の、が入ってくると、他を削るか、頑張って、稼ぎをよくするしかないんですよね。

だから、そのことで、むー!(困、というより、どちらかというと、怒)となるのは、どうしても自然な心の動きと申しましょうか、そうなってしまうのは、致し方ない部分があるのですが、でも、これも、何か、ひとつの節目なのかもしれない、それに、コンタクトレンズをソフトに変えなきゃいけない、という、このひとつの変化も、何か(大袈裟かもしれないけれど)神様が意図されたことかもしれないよ? と思ったのでした。

わたくしは、コンタクトレンズのランニングコストが今に比べて(わたくしにとっては)格段に上がることに抵抗を示したけれど、でも、尊敬するルイーズ・L・ヘイ女史は、ご著書『ライフヒーリング』の中で、請求書は、そのひとが支払える能力があることを見込んで作成されるものであり、そうして自分を信頼してくれることに感謝しましょうね、てなことを書いておかれたよなぁ、なんてことも思い出しまして。

確かに、今まで30年近く、ずーっと酸素透過性のハードコンタクトレンズで来たわたくしには、今更この年齢で、新たにソフトレンズにって言われても、いくらハードのほうが固くて痛かろうが、もう、ハードに慣れきっているので、どうしても、ハードの方が安心出来るんですよね。
でも、それは、きっと、ただ単に変化することが嫌という部分が非常に大きいのでしょう。

いつも聴いている NHK のラジオ第1のプログラムが大幅に改編された昨年の春、新しい番組にことごとく拒否反応を示し、けちょんけちょんに言っていたように(苦笑)、人間、何事も変化に弱いというか、変化に抵抗してしまいがち、なんですよね。
歳を重ねても、変化を受け入れられないようにはなりたくない! と、つい最近、ものすごーく強く思ったばっかりだったのに、たかがコンタクトレンズで、ここまで激しく抵抗を感じるとは。

もしかしたら、この変化も、神様が与えてくださったひとつの流れで、これを受け入れたら、すんなり、月々のランニングコストだってちゃんと用意出来るかもしれないのに、最初からつっぱねるなんて、度量が小さいなぁ、そんなふうに思ったのでした。

例えば――いつもの、わたくし得意の妄想ですが――、今回、こうして使い捨てのソフトコンタクトレンズに変えることによって、今後も、わたくしは、定期的に目のお医者さまには通わないといけなくなります。
今後、希望通りに札幌にお引っ越ししたとして、今度は、向こうで、今度から新しく使うメーカーさんのレンズを取り扱っておられるクリニックを見つけなければいけません。
そうして見つけたところで、何か、運命を左右するような素敵な出逢いがあるとか!

今、書いたようなことに思いが至ったのは、帰り道、ふと、神様のことを思い出したからです。
そして、神様の目からご覧になったら、今のわたくしの現状はどうなのかしら?と思ったのですね。

わたくしひとり、ちっぽけな人間としての器量だけで物事を見るのはなく、神様の視点からご覧になられたら、この変化も、何か然るべき意味があって、訪れたのかもしれない。
わたくしひとりでは支払いがどうのこうの・・・・・・などと、ついつい後ろ向きに考えてしまいがちだけれど、無限の供給、無限の豊かさに繋がっていることを信じるなら、大丈夫なのでは?
それに、ルイーズさんも、支払い能力があるから、請求書も発行されるのだとおっしゃった、ならば、そのように見込んでくださった世の流れに感謝するのが、豊かなひとのマインドなのでは? などと思ったのでした。

わたくしの場合、今回は、これまで使っていた酸素透過性のハードコンタクトレンズが使えなくなりそうで、で、新しく、生まれて初めて、使い捨てのソフトレンズに変えましょうか? という流れがやってきた、そんなごくごくささやかな事案ではございましたが、こんなささやかな出来事でも、いろいろと、信仰が心にやすらぎを与えてくれるものであり、スピリチュアルな智慧は人生を支えてくれるものである、ということを、改めてしみじみと感じたのでした。

何をこんなことぐらいで、こんなにも大層に、延々と文章を綴るの? とお思いになられたかもしれませんが(笑)、これが今日のわたくしの大切なひとつの気づきです。
皆様にシェアさせてくださいね。

 

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