| 冫、) ヌッ。

どうも始めまして。:re/-01です。
いや知り合いとか見てたら始めましてではないんだけど、とりあえず始めましてって言っとけば掴みはオッケーでしょ。
ちなみにこの名前に読み方というか
呼び方は特にないのでそこはお好きに。
なんならうんこでもいいです。

おっとそろそろ本題に。
このたびブログという、こういう不特定多数の方が24時間観察できる様なふしだらなものに手を出しましたのには理由が御座います。
それを自己紹介を含め、今までの経緯を含めお話しさせて頂きたい。
少し長くなるかもしれないけど、そこはご愛嬌。
つまらなかったらそっとページを閉じ、枕の下に好きな人の写真を入れて眠りましょう。
好きな人が夢に出て来るから。なんならちょっとエッチな夢だから。


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わたくし、福島県出身 宇都宮でルームシェアをしながら暮らす二十歳。
ついこの間成人式を済ませ、二次会からへべれけになりずっとビール瓶を抱いていたというもうなんかオッサン。
普段は美容専門学校に通う至って普通のオッサン。あ、オンナだ。
学校の休み癖 遅刻癖が直らず万年一番前の席で、先生も呆れてあたしへの対応適当すぎワロタ。
まあ、ほんとーに、ほんとーに普通の人なんです。

今まで風邪だってそんなに引いたことない。仮病ばっかりのマイライフ。
ていうか、風邪とか引かないのに変なものになる率は高かったけど。。
肺炎とかぜんそくとか原因不明の両脚皮下出血とか。

それがある日のこと。
いつだか忘れたけど。
秋くらいから両手に違和感。
指先がまっちろ。もうプラスチックの人形みたいな。
そして感覚がまったくない。
ええ?なんなんだいこれは。

そしてその時の写真。
photo:01


まだこの時は末端冷え性だろ、的に思ってた。
そんなひどくなかったしね。
でも入院する頃にはこの手が
photo:02


ここまで成長するんだけども。笑

それはおいておいて。
11月頃からちょいちょいほんとーに体調を崩し始めるわたし。
なーんか不調だなぁ…。治ったりぶり返したりラジバンダリを繰り返す。あ、おもしろくないね。ハハッ。

なんなんだろう。んん。
冷静と情熱の間で揺れるわたしの体調。
それでも鈍感なあたしは気にせず過ごしていた。
ずっと体調はくすぶっていた。その期間2~3ヶ月。
決定的なことがおきたのは成人式が終わってから、一月の10日過ぎ。いや多分もっと前から決定的なことはあったんだろうけど、忘れた。
急に歩けなくなる。
歩けなくなる。っていうと勘違いするかな。
100m歩いただけで、フルマラソンしたような足の疲れと、すげー重い買い物袋を両手にもって横にぴーん!って伸ばしてがんばって耐えてる時みたいな腕の疲れ。動悸と息切れがハンパない。
そしてあたしの例えが下手すぎて伝わらないねこんなんじゃあ。
とにかくとにかくとにかく、動くのが辛いの。1動くだけで、体力が10消耗される。インド人もびっくり。

あれ、おかしいな。風邪悪化したかな?って思ってたあたしってなんなんだろうね。
その日を境にあたしは人並みの体力を失った。
学校の授業は座学と実習。
でも大事なのはやっぱり実習でしょ、美容師になるためには。
でも、日に日に体がついていかなくなる。
ウィッグ(マネキン)にロッドを巻くWDという作業、全頭23分で巻けてたのに(決して早くはない)(全頭は大体60~70本くらい)
あれ。あれ。23分でたった20本くらいしか巻けないんだけど。ワロタ。体が動かないんだけど。
ロッドを持つ手に力が入らなくて落とす。コームを握る握力がなくて吹っ飛ばす。指先が真っ白で感覚がないから物に触ってるのかわからない。ただこの時はもう指先が一日中千切れるほど痛くなるようになっていた。
そして最後には立ってるだけで体の疲れと動悸と息切れ、あたしは実習中みんなが何時間も立って作業をする中、立って作業しては座り、をずっと繰り返し自分のペースで実習を行った。
一気にみんなと同じ土俵から叩き出された気がした。
みんなの視線。どれ程辛いかなんてわからないだけに、見た目は普通なだけに、ただ疲れるという理由では、甘えるな。としか思えないだろう。それは当然だ。
なんだか真っ暗だった。伝えようもない。理解しようもない。
ただわかるのは、あたしはもうここに居れない。それだけだった。

家の中を歩く、トイレ、それだけで休憩を挟まないと破裂しそうな心臓。
ご飯を食べるのも疲れる。
しまいには字を書くだけで疲れる。
座学すらまともに受けれなくなる。
仕方ないか、と座学は寝ることにする。ああ、座学は普段から寝てた、嘘ついてごめん。

病院にいかなきゃと思いつつも、足がない、金がない、通院とかなったらマジ面倒マジ勘弁だってあたしO型だもんてへぺろ☆とりあえず様子見で☆
こりゃ自業自得だな。
そんな時美人な友達に叱咤される。

「あのさあ、様子見様子見っていうけど、もうとっくに様子見の段階はこえてるでしょ?病院、いきなよ。」

人に言われなきゃ動かないあたし。
そ、そこまでいうなら行くわよ…ハイ…。

日頃から心配しつつもババアだとバカにしてくる彼と病院にいく。
その時は風邪からくるぜんそくで、酸素が足りないんだと診断される。酸素が足りないから体に力が入らないのよ、とオカマっぽい先生に説明をうけ、タバコをやめろと怒られ、吸入器で吸入しついでに指先もみてもらって薬をもらって帰宅。
でも日常生活がままならないため次の日から三日間実家に帰る。
両親の心配をよそにあたしは束の間の実家を満喫し、また宇都宮へと動かない体を引きずって帰った。

そして数日後。
あたしはまたオカマ先生の元へと赴く。
一向に良くならないんです。全て。
前の診察の時くらいにやっと体温計を買ったあたし。もう二週間近く37度近い微熱は続いていた。と言ってもあたしの平熱は35度台。結構しんどい。

血液検査、CT、レントゲンをしてもらう。
CTとレントゲンには特に異常なしと言われる。
血液検査の結果は一週間後。
彼を一時間半近く待合室で待たせ帰宅。不穏な空気。ご、ごめんて言ってんじゃん…。
家に帰り母親に電話でヘラヘラと報告、ヨユーヨユーとか言ってたな。
そして母から告げられる父胃潰瘍、祖母骨粗鬆症、あれ?周りみんなボロボロじゃねwww自分のことじゃなく祖母の骨粗鬆症で大ショックを受け号泣するあたし。びっくりする彼。慰められる。

かくしてこの日は終了。
彼には本当に頭が上がらない。
この日病院に連れて行ってもらってなければ、あたしはどうなっていたかと思う。大げさではなく、ほんとに。

次の日
病院から電話がくる。
血液検査でわかったことは、血小板の数値が異常に低いということだった。
普通の人なら10万~20万個ある血小板が、あたしには3万しかないらしい。
もうなんか終わってるじゃなイカ!
膠原病の可能性が非常に高い。大きな病院で精密検査したほうがいい。
結果は一週間後だって言ったのに、翌日連絡したってことはわかるよね?多分即入院だよ。

その間わたしは なるほど しか言わなかった、なんでだか。いろんなニュアンスで言ってた。な、なるほど。なるほどお…。なるほどですねー!etc。


そしてびっくりする事に翌日からまた実家に帰り、その日のうちに検査、入院する事になったのであった。


そこからの話は、
病名と詳しい症状を調べに調べ
次からの記事で書いていこうと思う。
とりあえず、こんな適当な感じの人間だという事は認識して貰えただろうか。
よくほんとに二十歳なのかとか言われるけど、ほんとに二十歳なんです。
そして今の学校に入学した時、胸がなさすぎる、でかいって理由で同じクラスの子に女装した男だと思われてたけど、ほんとに女なんです。
そんな哀れなわたしをどうか見守って頂きたい。


では、この記事はこの辺でお開き。
続いて2.3.4と見て頂ければもう言う事はございません。
長々と聞いてくれてありがとう。どろん。






:re/-01