ジョニー・アップルシードは米国西部のリンゴヒーローだ。あ | barsoのブログ

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 荒野を切り開いて進むアメリカの西部開拓時代、武器や力によらずにヒーローになった男がいた。
 本名はジョン・チャップマン(1774-1845)。背が低い、やせた小男で、ボロボロの古着を着て、リンゴの種を入れたズタ袋をかつぎ、「リンゴの種を蒔かせてください」と言って各地を歩いて回ったのでジョニー・アップルシードと呼ばれた。(註:seed=種)

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 当時、西部地域は「ワイルド・ウエスト」と呼ばれ、入植者同士の土地争い、先住民族との衝突、牛泥棒や無法者らの銃撃戦もあったが、ジョニー・アップルシードはそんな荒くれた土地にリンゴの種を蒔き、苗木を育て、実り豊かな環境にしていった。
 リンゴは生のままや煮たり干したりジャムにしたりして一年中食べられる栄養価の高い果実で、食糧不足に悩む多くの開拓者たちの命を救ったため、ジョニー・アップルシードはアメリカでは異色のパイオニア・ヒーローとしてよく知られているそうだ。

 伝説では、老人姿の天使から西部へ行くことを命じられたとか、帽子は鍋、服はリンゴの苗と交換したボロ着、コーヒー豆の麻袋を外套代わりに着て、冬でも裸足で歩いたと言われているが、それでも子供たちにはきれいなリボンやキャラコ綿布を用意してプレゼントしていたので、その優しい人柄は大変人気があった。

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 自然を大事にし、食べるために動物を殺すことはせず、スズメバチでさえ殺さなかった。西への長旅では馬が故障したら見捨てて餓死させていたが、ジョニーはそんな馬を集め、餌を与え、避難所を造り、世話を約束してくれる人に譲った。

 ジョニー・アップルシードの謙遜な人柄、清貧の生活、英雄的行為は、学者による研究論文や伝記、小説、詩、歌、ビデオになり、子供向けの絵本も多数出版された。[註1]
 特に1948年にディズニーのオムニバス映画『メロディ・タイム』第1編「リンゴ作りのジョニー 」が公開されてからは大変有名になった。

 

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 しかしながら、そのようなジョニーの熱心な植樹活動は、じつはエマヌエル・スウェーデンボルグの教えを広めるためでもあった。
 スウェーデンボルグ(1688-1772)はスウェーデン出身の科学者・神学者で、当時ヨーロッパ有数の学者として知られていた。

Emalnrg2.jpg 科学者時代の関心は、幾何学、天文学、機械工学、鉱物学、地質学、物理学、化学、冶金学、解剖学や生理学、哲学など多岐に渡り、ダヴィンチを凌ぐほどの数々の発明や新技術を生み出した。
 脳の神経細胞ニューロンの存在を世界で最初に指摘し、イマヌエル・カントより20年も早く、宇宙創成論としての「星雲説」を唱えた。
 スウェーデン王立鉱山局の役員や貴族院議員でもあり、社会的に高位の立場にあった。

 特筆すべきは、いわゆる臨死体験者とは違い、生きているときに霊界を自由に往復した体験を持つことで、史上稀に見る霊能者として知られている。そして学者として、自分が見た霊界について大量の著述を残した(その多くは大英博物館に保管されている)。
 驚異の霊視能力もあり、400キロ彼方のストックホルムの火事を告げたことは、カントも1766年の著書『霊視者の夢』で事実として紹介している。

 彼は「目に見えないもの」を信じ、霊的な視点から世界を理解することを奨励した。「ただ、信じれば救われる」といった安直な教えは説かず、信仰に仁愛の実践が伴ってこそ本物の信仰であり、ひとに役立つと教えた。
 リンゴについては、リンゴを象徴的に解釈した独自の注解を述べ、リンゴの木の下で霊界を見たとか、自分の庭で採れたリンゴを貧しい人々に分け与えたという話もある。

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 そんなスウェーデンボルグの信奉者[註2]であったジョニー・アップルシードは、訪問した農家に、スウェーデンボルグの本を「天国からの知らせ」と言って語り聞かせ、時にはその本を分割して配付することを40年以上も続けた。
 つまり彼は「リンゴの種」を蒔きながら「愛と信仰の種」をも蒔くことが、仁愛の実践であり、他者に「役立つ」と考えていたのだ。

 ジョニー・アップルシードは世を捨て、ひたすら人々のために役立とうと熱心に行動したが、それができたのは言うまでもなく、命は今生一回限りで終わらず、永遠に続くと信じていたからで、「霊の世界」を信じることは人生観を大きく変えるのである。




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[註1] アップルシードの名を冠した博物館、学校、教育組織、出版社、公園、道路の他に、銅像・記念碑などのモニュメントも多数あり、記念切手も出された。ジョニーの忌日と誕生日は記念日になっている。アップル製品でダミーとして使われている「John Appleseed」の名は日本で言えば「山田太郎」のようなもので、女性名としては「Jane Appleseed」が使われている。

[註2] スウェーデンボルグの著作購入者リストに名を連ねていたのは、ベンジャミン・フランクリン、トマス=ジェファソン、ロバート・モリスといった独立革命のリーダーたちで、リンカーン大統領の周囲には多数のスウェーデンボルジャン(信奉者)の友人がいた。奴隷解放運動や女性運動のリーダーの多くや、"アメリカの良心"ラルフ・ワルド・エマーソン、"プラグマティズムの祖"ウィリアム・ジェイムズはスウェーデンボルジャンだった。"小説の達人"ヘンリー・ジェイムズ兄弟の父ヘンリー・ジェイムズSr. はスウェーデンボルグについて12冊もの本を著した。ヘレン・ケラーは熱烈なスウェーデンボルジャンだったことを『わたしの宗教』の中で告白している。―――香川大学学術情報リポジトリ file:///D:/%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89/AN00038281_075-4_L093.pdf
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