コロナ禍に入り、世の中はオンラインというステージに入りました。

 

とっても気軽にできるツールびっくりマーク

 

そんな私もYouTubeをやらオンラインヨガやら挑戦を重ねる日々あせる笑い泣き

得意な方は多分すらすらと出来るのでしょうが。。。私はというと、、、日々悪戦苦闘

お客様をみながらのオンラインで愉しむつもりでしたが、途中でお客様を見失ったり、通信がおかしくなったりあせる

音楽の配信のことやら悩みはつかず、リアルにものすごい注意を払いながらの再開でした。

 

 

で半面、そんな中で少しでもスキルをあげようと私も、師と呼べる人のオンライン受講を重ねました。

 

ヨガ修行者は、どんどん深みにはまり。。。。のちに悲劇へと向かいます汗笑い泣き

 

身体は壊すし、精神も擦り切れてコロナへと。。。

 

そんな日々にピリオド雷炎もやもや波

 

その精神を崩す理由としてオンラインが進み表現がどんどん自由になり、

 

本質を傷つけられることもしばしば。。。

 

これってナニ?

 

表現の自由とは、個人が持っている思想・意見・感情などの精神活動を、外部に向かって表明する自由のことです。

文字を始め、画像・映像・音声などの形態を問わず、あらゆる表現が該当します。

 

表現の自由は、一般的には「公共の福祉」に反する場合は認められないと考えられています。

公共の福祉は、一般的に社会全体の利益と理解されています。

 

ここで、私もこんなに書いていることも表現であり、誰かを気づつけていることもあるのかもしれません。

 

社会全体の利益?

なんだろう?

 

憲法っていろんな事を社会全体で守られていて、ちょっと思ったんです。

講義の時、師が張り付けた体形、職業、人種など様々な絵と共に表現されているとき、その絵をみながら受講しているとき

とか。。。

誘導しながら、その人の体調など考えず行われているとき、相手側のことは見えないことが多いので。。。

知らない見えないところでむしばまれる毒笑い泣きゲロー

 

その時、誰がどんな形で責任を取るのだろうか?

 

と。。。

 

そんなことを考えるうちに、自分だけが違う世界に入り見えない意識の領域に入ってしまう恐れがあるな~と

感じたんです。

 

オンラインの時代にはいり、どんどん表現の自由が秩序なく進む時代

 

ヨガとはアートである

 

そんな言葉すら失っていくかもな~と

 

今、立ち止まり私は、ほんとに幸せを伝える仕事ができるのかな?と

不安を感じています。

 

ヨガの仕事ってなんだろう?

このまま続けていいのだろうか?と自問自答の日々は続く。。。

 

きっと平等に与えられている幸せとか色々あるんだろうな~と