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妊活のお話【第二子妊娠~稽留流産2回目】

どうも、こんにちは!マンダムです^^

 

前回のブログでは、妊活始めたころから1回目の流産までのお話でしたが、

今回は第二子妊娠から流産2回目のお話をいたします。

 

※こちらの話題で気持ちが進まない方はすっ飛ばしてください※

 

 

 

 

 

 

ちなみに前回ブログのあらすじ↓こちらです。

 

 

 

 

 

    
  • 2016年くらい~ 自己流妊活(タイミング)開始
  • 2017年夏くらい 産婦人科にてホルモン注射3ヶ月ほど通院→しんどくなって挫折

  • 2020年6月 第一子妊娠→心拍2度確認できるも8wで稽留流産→手術(術後の症状)

 

 

 

この後のお話になります。

 

1回目は心拍確認を2度できていたので、安心しきっていたこともあり喜び→安心→絶望の落差が激しかった分、

 

塞ぎ込む時間も多く、その間はいろんな方の経験をブログやYouTubeで拝見して、何がよくて何が悪いかわからん状態で。

 

人それぞれだとわかっていはいるのですが、一生懸命正解を探していた様に思います。

 

 

そんな状態で週一ですがダンスのインストラクターをしながら、平日は事務手伝いもしていたので、

気が紛れるようなもやもやもなくならない、、すっきりしない日々を淡々と過ごしておりました。

 

 

術後の検診で妊活OKの診断後、いつもの周期より数日遅れてきた1回生理を過ごし、

タイミングを再開しました。

 

 

タイミングとれる時ととれない時がありましたが、なんと翌年の2月に、第二子妊娠判明。

 

 

 

前回の妊娠と同じような症状

  • 匂いに超絶敏感になる
  • ちょい気持ち悪い
  • 早朝(もはや真夜中)に起きる※目覚めが良い

 

があったので、生理がくる2・3日前に検査薬を試したところ、しっかり陽性の線が出てました。ニコニコ

 

 

うれしい反面、次も流産したらどうしようという不安な中、

6週目に入るくらいのタイミングで、

悲しい思い出のあるめちゃ親身になってくれる先生や看護師さんがいる産婦人科さんへ行き診てもらいました。

予約がいっぱいで早く確認したい気持ちを抑えました

 

 

そこで胎嚢、胎芽、心拍(心臓の動き)が確認できました。ニコニコ

 

ひとまず安心。。でしたが、同じくらい不安もあり。そして2週間後に再診。

 

 

心拍止まってました。。。

 

 

あぁ~うーん、、そっかぁ。。みたいな反応を、先生から診断された後してたと思います。

 

そして、この時点で2回の稽留流産。反復流産という状態で、不育症の可能性が出てくる、とのこと。

 

 

一度絶望を味わった後の絶望感だったので、1回目よりしんどかった記憶。。

もうあまり覚えてないです。

 

 

たぶん先生もそれを察知してくださったようで、今の私にとって負担がかからないように話を進めていただきました。

 

心拍確認できなくなって2週間後に前回と同じ手術、

予後は大きな問題もなく術後診察で、次回生理来たら妊活再開許可をいただきました。

 

また会えなかったなぁという残念な気持ちと、自分は生殖機能がないのかもしれないなという絶望感が、

1回目より重めに襲ってきましたね。2回続くとそりゃね。

 

私は記憶力が乏しい方なので余計に、なのですが、

2回目の妊娠から流産までは記憶があまりないんですよね。。

 

 

 

でも1つ、忘れられないことがありまして。※ここから負の感情を記すので気持ちが進まない方はすっ飛ばしてください※

 

 

 

ダンスのインストラクターをしている、スタジオのオーナー夫婦(長い間良くしていただいている、お子さんあり)に今回も流産しました報告でお話をしている時に、

その旦那さんの方が、「〇〇(子の名前)は元気(たぶんおなかの中で)やったもんなー」と発言しまして。

 

その時「ん?」と思ったのですが、話をそのまま続け、帰宅し、ふと事あるごとになぜかその発言が気になってきて、、

 

その子を抱き直しながら言っていたのと、進行方向を向いていたのもあり、

何に対してどういった気持ちで言ったのかわからないのですが、

めっちゃ腹立ってきて。オエー

 

それを主人に話したら、主人も怒ってたので、やっぱここは怒ってよかったんだと再確認。

 

その時の私がいる状態で言う言葉ではない、マジで。

今となっては、妊活未経験の男性の認識ってやっぱこんなもんなんやろなと思えるのですが、

そういう落ち込んでいる人の話を聞いている時に、そうじゃないうまくいっている話なんてするもんかと、

反面教師で学びを得たということで落としどころ。にっこり

 

 

こう妊活していると心が荒む感じは多々ありますが、これが今の私で、生きている社会なんだと。

けどその時抱いた感情は忘れず、原動力にしていきたいと思っています。

 

また長くなりましたね。魂が抜ける一気に書き過ぎかな。。

 

 

今不妊治療で移植周期に入っているので、リアルタイムの話も早く載せていきたいところなのですが、

 

 

今回はここまで看板持ち

 

 

次回は第三子妊娠~流産までのお話をいたします。

 

 

読んでいただき、ありがとうございましたお願いハート

 

妊活どこから話そう【妊活〜第一子妊娠〜稽留流産まで】

どうもおはこんばんにちは、マンダムです。


マンダム(仮)の「(仮)」は、自分が慣れてきたので無くします!


ちなみに↑の挨拶は、

私がよく見ているYouTubeのゲーム実況をしている「2bro.」の弟者さんの挨拶をお借りしました。

ただ使ってみたかったニコニコ

元ネタはアラレちゃんですよね、きっと。




さて、今回は妊活からその後について第一弾、です。


私の妊活は今で大体6年目です。


大半の5年間は自己流タイミングで、

今年の4月から1ヶ月半ほど、不妊治療に通っている最中です。




※ここから妊活〜妊娠〜流産までの話になるので、

気持ちが進まない方はすっ飛ばしてください※




なぜこんなに長い期間自己流だけでやってたのかというと、

最初の1年はあまり真剣に考えておらず、


2年目くらいに一度産婦人科に3ヶ月ほど通って、ホルモン調整する注射を打ってたのですが、


通うのがしんどくなり、行くのを辞めました真顔


その産婦人科が不妊治療に特に強いわけではなく、

とりあえず注射しとこうかくらいの感じで、

通院されている方々も妊婦さんや産後間もない方が多かった...

無理ぃぃ...



その後もタイミングが取れるときに取りつつ、

焦りもますます感じながら。


高齢出産となる35歳、

さらに焦って子どもは諦めるしかないのかな、

いやだな、

でもできんしな、

本当無理なんかな、とかとか、


定期的にちゃんと来てくれる生理の度に落ち込む日々。



そんな中生理前のタイミングで、

いつも使ってる洗濯用洗剤の匂いがなんか嫌だなと感じて。


元々匂いには敏感な方で、

何かを嗅ぎ分ける能力に長けてはいました。


当時住んでいたアパートは裏に飲食店があるためか、

めっちゃGが出てきていたのですが、

Gの姿を確認する前に匂いでわかるくらいにっこり

なんか鼻につく匂いなんです。っていらん情報



それでその洗剤の匂いから、

なぜか朝びっくりするくらい早起き(4時半くらい)になったり、

なんか変やなぁ。と思っていて。


はっ不安これってもしや。。


と思って妊娠検査薬を早朝試したところ、

くっきりと陽性反応。


えぇ。。うそぉ。。

ここからどうしたらいいものかと、

嬉しさと驚きと戸惑いでめっっっちゃドキドキしてました。



第一子妊娠です。


間違いかもと思って、その日の夕方にもう一回検査して陽性だったので、

主人にも伝えて、一緒に喜びました。



たぶんまだ4週目入るくらいだったと思うので、

そこから5日ほど待ち、

3ヶ月ホルモン注射で通った産婦人科で、

胎嚢とリングと言われる卵黄嚢を確認しました。



その後5w後半に胎芽が少し大きくなって心拍確認、

7w前半も心拍確認できたので、


すっかり安心しきった8w1d、


引越しをすることになっていたので転院したいことを病院に伝えなきゃという日でもあり、


やっとGからも解放されて安心して妊婦生活に入れるわーとか呑気に思いながら病院に向かっている途中、


ふと、赤ちゃんのことを忘れて他のこと考えている感覚になり、

常に気持ち悪いと思っていた感覚が軽くなってるかもと気づきながら、

でも深く考えず病院に着き診てもらったところ、



心拍確認できず。



引越しの旨伝えた後だったので、

引越し先から通おうと思っていた病院の方でも診てもらってくださいと言われ、、、



へーんな心の状態のまま引越し。



引越し先から通院し始めた産婦人科さんは、

Googleマップでのクチコミが非常に良く、

(医療機関でクチコミいいところは少ない気がします)

それだけで行き始めたのですが、本当にいい先生で。。悲しい



そこでまずこれまでの経緯を説明し、

診ていただいたところ、やはり心拍は確認できず。



淡い期待を抱いていた私はここで、

あぁたまちゃん(名前つけちゃってました)あかんかったかぁ...と実感。



妊娠8週での稽留流産の診断。


体を動かす機会が多いため、手術をお願いし、

日程を決め帰宅。


家に着いて、主人に報告。2人で泣きました。。



手術日当日は主人に送り迎えをしてもらい、

無事手術も完了。



実はその病院では初期流産の手術は、

手動の吸引で取り出すという、体に負担が少ない処置を採用しており、

流産がわかる前になぜかそこも通院前に調べていた私は、何かを察していたのかなんなのか。



ただ人生初めての手術。

静脈麻酔で意識を失うのも初めてで、

術後2日目に謎の高熱。



すでにコロナ禍に入っていたので、

救急の発熱外来で数時間の待ちをくらい、なかなか大変でしたが、


その後は子宮の状態も問題なく、

妊活開始許可をいただきました。





いやいや、長いな。魂が抜ける



思い出しながら書き出したので、まとまりもなく長くなりましたが、

これが妊活始まりから、第一子妊娠、稽留流産・手術までの流れです。



次回は第二子妊娠〜流産までのお話をいたします。



読んでいただきありがとうございましたお願いハート


身の上話

マンダム(仮)です。こんばんは。




今回は軽く身の上話を。


3人兄弟末っ子、地方で育ちました。

世代が「SPEED」と同じで、

SPEEDのダンスを当時ビデオで何回も巻き戻しながらコピーして踊り、

いつしかダンス習いたいと思うように。

高校から友だちが通っていたダンス教室に通い習い始め、

3年ほど通ったのちそこは辞め(踊りたいジャンルではなかったため)、

チームを組んで1年ほど自分たちでクラブイベントのショーで踊ったりしながら、

踊りたいジャンルの教室に通ったりしたのち(この時の先生が私にとってはダンスのお師匠さん)、

さらに大好きなダンスに打ち込むため地元を14年前に離れました。


仕事はバイト掛け持ち、派遣社員、

のちにダンスのインストラクターをする機会もいただきドタバタ働きつつ、


仕事後はダンスの練習。


暑い日も寒い日もダンス仲間と屋外で夜中までやってました。(今もう無理、22:00にはしっかり眠いネガティブ)



そして、地元に住んでいる時から付き合っていた今は主人と30歳を前に結婚、

そこから主人の仕事の都合でさらに隣県へ引越し。

ダンスのインストラクターは生計を立てられないほどの収入でしたが、

主人の理解を得て今も細々やっております。


また主人の仕事を軽く手伝いながら、

将来のことを真剣に考え、妊活を開始しました。


その時33歳くらいかな


そこから3年一切妊娠しなかったのですが、

36歳〜38歳現在まで、

3度自然妊娠し、3度とも初期(稽留)流産になり。。。


その間も仕事もインストラクターとしてのダンス生活も、

限られた方々(休みなど調整しないといけないので上司にあたる方や妊活友達)のみ伝え、続けていました。


その間に猫も飼い始めたり、ストレスと今後のことも考え主人の仕事の一つを辞め、

脚の手術したり、家族が亡くなったり、



今に至ります。



なが。魂が抜ける


楽しいことも嬉しいことも悲しいことも私なりに経験してきて、

今生きていられることに幸せに感じ過ごせています。

それはみなさんも同じ、若しくは私以上に辛い思いをされてる方の方が多いと思います。


だからこそ少しでも何かお役に立つ情報があれば、参考にしていただければ幸いです。


お堅めな文章になっておりますが、

私自身は気分屋ではありますが、基本よく笑い、関西ではゲラと呼ばれるポジションですにっこり

箸が転げてもいまだに笑います。。うるさめ看板持ち



次回は妊活の話を主に記していこうと思います。



ここまで読んでいただき、ありがとうございましたお願い