なかなか興味深い本でした。

奇跡の脳/新潮社
¥1,836
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有能な脳科学者であった著者は、37歳のある朝、脳卒中に襲われる。
左脳の中央部の出血によって脳の機能が失われていく。
その過程を、著者は、脳科学者の視点から、冷静に語っていく。
出血が比較的ゆっくりと進行したせいか、脳の機能が壊れていった様子が生々しく描かれる。目の奥の頭痛に始まり、感覚の異常、身体のコントロールの不調、光や音が苦痛になっていく…。
一番驚かされたのは、脳の認知機能が崩壊していこうとしているのに、著者は、かつてないほどの幸福感に満たされていたことだ。そして、自分の身体が50兆個の細胞の完全な協調によって保たれていることを直感する。脳卒中によって著者が体験する世界の変容は、一般に、宗教体験や至高体験といわれるものとまったく同じである。
完全なる平和、自分の身体と世界との境界が消え、宇宙との一体感を体験する。
自分を個体ではなく絶え間ない「流れ」であると感じること…。
それは左脳の抑制から解放された右脳が見た世界なのだ。右脳は「いま、この瞬間」のみを生きる。左脳は「過去と未来」を生きる。数字やアルファベットも理解できなくなっていく状態の中で、著者は気の遠くなるような苦労をして友人と自分の勤め先に電話をかけることに成功する。電話をかけた後、著者は、さらに身体の感覚が失われ、生命のエネルギーが尽き、意識が身体から解放される瞬間を体験する。

脳卒中によって体験した「右脳の世界」へのアクセスを自由に行えるようになった新しい自分へと生まれ変わる。脳卒中の後のリハビリテーションの過程で体験する様々な現象は、僕たちの普段の生活でのヒントにもなるものだ。
例えば、治療中の著者が出会う人間には、著者からエネルギーを吸い取る吸血鬼のような人間と、エネルギーを与えてくれる人間がいる。前者は、常に時間に追われ、自分の思い通りに動かない著者をぞんざいに扱い、早口で、大声でしゃべりまくり、著者のエネルギーを吸い取るばかりの人だった。後者は、優しく適切に身体に触れ、目を合わせて静かに語りかけることで、患者にエネルギーを与えてくれる。
右脳は、人のエネルギーに敏感であり、ちょっとした表情や言葉のトーンから相手の精神状態や体調を読み取り、さらに思いやりによって相手と接しようとする。コミュニケーションは、ロジカルな言葉だけではなく、身ぶりや表情、視線、声のトーンなどによる双方向のエネルギーのやりとりであると著者は語る。
本書の後半は、脳卒中により左脳の機能が失われ、解き放たれた右脳が著者に体験させた「深い心のやすらぎの世界」の素晴らしさと、その世界にいかにアクセスするかを語ることに費やされる。それはほとんど、「スピリチュアルな世界」のようである。本書とそれらの本との違いは、著者が脳科学者であるという一点。
そして著者が体験した「右脳の世界」は、脳卒中によって引き起こされた症状にすぎない。そして宗教体験や神秘体験も、同じように右脳が重要な役割を果たしているのだろう。
宗教家の瞑想や修行も、左脳の機能を抑制し、右脳を解き放つための手段なのではないか?左脳のほんの一部の回路の不安や恐れに支配され流されたまま怒りや苛立ち不平不満に生きる人生、脳の機能を選択し、自らの行動に責任を持つことに解放された素晴らしい時間生きる人生。TAW理論や、引き寄せの法則、ホ・オポノポノに書かれている自分で手綱を握る人生のための多くのヒントが書かれていると思った。
「身体で考える」という発想も、もっと右脳の声に耳を澄ませなさい、ということなのかもしれない。左脳と右脳はまったくの別人格ということ。
本書は、脳科学者が脳卒中に襲われて、左脳の機能を失い、さらにそこから奇跡的に回復することで書かれた、ほとんど奇跡のような偶然によって生まれた本。自分がここ数年読んだ本の中で最も重要な本の一冊であることは間違いない。
大変、難しい本ではあった・・・