人から心より信頼される人は、「つつしむ」ということが身に付いている人のことではないかと思うのです。
仏道においては、「つとめる」ことと「つつしむ」ことの両面を身に付けていくことを大事にしていきます。
単なる口先だけではなく、両面を身に付けていく姿に「真実味のある生き方」があり、そこに人として信頼される因(もと)があると思うのです。
たとえば、人から深刻な相談を受けた内容・本心を打ち明けてくれた内容・誰にも言えないような秘密を話してくれたとき、そのことを自分の胸の内だけに納(おさ)め、決して他人に話したりしないのだと思います。
そして、その人の立場になって話を真剣に受け止めて対処していこうとする心配りの出来る人です。
時には、一緒に涙したり・笑ったり・落ち込んだり・悩んだりして、相手の気持ちになって考え・悩んだりするのです。
それを繰り返し行っている人は、自然と「言葉をつつしむ」ことが出来ており、軽はずみな発言をすることもなく、その人自身の発する言葉には「責任感のある・重たさ」があるものです。
逆に言葉の軽い人は、人から深刻な相談を受けることもなく、人の心に勝手に踏み込んでいっては、何とかその人から誰にも知られたくないような興味深い情報を仕入れようとするのかもしれません。
そして、相手の本心を探り出した情報を他人に売ることもあるかもしれません。
「どうだ・・私はこんなに人から信頼されているから、心の秘密を打ち明けてくれているのだぞ!」
と言わんばかりに、得意げな顔をして言いふらすこともあり得ります。
人として同じ生き方をするのであれば、「口をつつしむ」ことを実際に身に付けた人になっていきたいものです。
