野呂美加さんの講演
20年の長きにわたり、このような地道な活動を、延々と続けて来た人たちがいらっしゃったとは!チェルノブイリで被曝した子どもたち、目の下にクマを作り、食欲もなく弱っていた子どもたちが、1カ月もしたら、子ども本来の元気と輝きを取り戻すさまを、映像で見せてもらった。汚染のないところで過ごすと、30日から40日くらいで、一定、放射能が体から排出されるのだという。
阿部悦子県議HPより転記です
低線量被曝の恐ろしさ
今は、独立して「ベラルーシ」となった国土の3分の1が、「高濃度の汚染地域」だという。地図でその状況を見せてもらったが、その汚染は決して同心円状に広がっているものではなく、飛び地のように遠く離れた地域でも確認されている。その子どもたちが、病院に行っても、「病名」がつかないにもかかわらず、心臓などの内臓や視力の異常、甲状腺のトラブルをきたして、いずれは名前の付いた「病気」になる。若くして子どもや人が命を奪われるさまをみて育つ子どもたち、それを見ながら恐怖と共に子育てを余儀なくされる親たち・・・。
国は300キロ圏内の国民を捨てた
旧ソ連邦は、社会主義の国で私有地はなく、人々は国の命令一下で住んでいる土地を捨てて避難をさせられた。そのようにして、廃村になった基準の放射線量は、0.5マイクロシーベルトだったという。しかし、180キロ離れた村の子どもたちの80パーセントに、目がかすむ異常が見つかり、線量は0.412マイクロシーベルトであったにも関わらず、強制避難を国が命じたという。一方、この日本では、郡山で8.78マイクロシーベルトが検出されたり、茨城で5マイクロシーベルトが検出され、福島は3.8マイクロシーベルトである。・・・これには改めて驚きだ。・・・野呂さんは、「この国は、300キロ圏内の国民を捨てた」と、言われたのだ。旧ソ連邦の、子どもを守るための施策に遠く及ばない私たちの「フクシマ」後の政治と行政、大人社会のあり方・・・。
野呂さんは、「こんな状態でも、まだ『大丈夫です』『汚染はチェルノブイリの10分の1です』などと言っていることは、人災そのものだ」と言われた。
この国の特に子どもたちが「緊急事態」にあることに、目をつぶろうとする私たちの社会は、もうすでに終焉の時期に入っているように思う。
「汚染のないところを、死守してください」
野呂さんは、学校給食での汚染や、災害廃棄物を受け入れることでの、放射能の拡散を防いで、ここのような汚染のない地域を「死守」してください、と言われた。・・・ほんとうに、当り前のことだ。政治家は、この国の今ある危機を理解していない、または原発の存続のために「理解したくない」としか思えないのだ。
野呂さんの、最後の言葉は、「経済よりも愛すること、助けることが優先される時代を作りましょう」という言葉が心に強く響いたことだ。
