いや~、玄米もびっくりですが 私も見て びっくり!
こんな炊き方があるのか!と思いつつ 納得、納得 原理をみりゃ~当たり前。
玄米びっくり炊き つむじ風さんの記事
玄米の炊き方も
ふっくらそうで興味深かったのですが、
関連文がまた、
なるほど~~~と唸りましたので、
下記に転載しておきます。
玄米の炊き方(びっくり炊き)は、
上の↑つむじ風さんのリンクから飛んでいってみて下さいね~
以下、一部転載です。
これは正真正銘びっくりだ!!
玄米菜食の奨め上梓したら、
相当な共感を得た
そして、驚く智恵と情報も頂いた!
日本人は、ずっと玄米を食してきた。庶民は雑穀米だ。
しかし、圧倒的な健康を保持してきた。これは紛れもない事実である。
昔、戦国時代弓矢、槍で刺されても早々は出血しない。
細胞が引き締まっているからだ。
うまく引き抜くと傷口は収縮して、出血も最小限度だ。
それだけ強靱な肉体を保持していたと、ものの本には記してある。
これに驚いたのは、宣教師をはじめ西欧人だ。
思い起こせば、日本の地に壊滅的な疫病の発生は聞いたことがない。
寡聞(かぶん)かも知れないが、西欧のペスト大流行などとは大違いだ。
勿論、大飢饉で飢えと病に難儀した時代はなくはない。
近年ほど万病の蔓延する時代は日本に於いては少ない。
それは、玄米雑穀の食習慣、そして、肉食を禁じてきたところにある。
『竹内文書』によると、古代天皇はわざわざ使者を通じて、
万国に肉食の厳禁を触れ広めたとあるが、定かではないにしても納得できる。
今、日本人は古来に立ち還る絶好の機会かも知れない。
事は民族・伝統の盛衰に掛かっている。
民族と書いたが、日本民族は大和民族のことである。
大和とは地理的な日本を指すのではない。ヤマトは大和である。
日本列島には多くの血統をもつ、様々な民族の流入がある。
そして、大に和したのであって、それを指して日本民族・大和民族と言っている。
狭量な国家主義など論外である。
日本の盛衰は、実は世界の盛衰に深く関わる。
今、日本は総攻撃に曝されていると観て間違いはあるまい。
この事は万国協調の危機である。日本人は様々な顔を持っている。
まるで西欧人と見まごう顔立ちもあれば、まるでフィリピアン・カンボジアン
あるいは、スペイン人と間違える美人もいる。
(中略)
日本民族は多くの民族の寄り合い所帯であった。
故に大和民族と名乗った。そして、大和魂が産まれたのである。
五族協同は何も大東亜戦争の賜ではないのである。
先の『竹内文書』では五色人と表している。
大和魂が規範理念とならないと、世界は持たない。
そう言う時期に来ている。
不幸にも原発災厄があったが、これは一つ日本だけの問題ではない。
世界の深刻な問題だ。
原発は、他を省みない利益欲望の精神から生まれた、世紀末の悪魔の申し子である。
それは、核廃棄物の問題からして、明らかだ。
自分しか、現世代しか省みない、今さえよければ良いとの刹那主義だ。
また、経済からして、エコノミーは経済とは縁もゆかりもない、効率主義で、
なんら経世在民の思想は欠けらもない。
それはゼロサム、あるいは、勝者かさもなければ敗者の相対主義の対立思想に他ならない。
これは必ず破綻する孤立主義が根底にある。
本来の経済は、経世在民、則ち、共同共生の処世術を言う。
処世術であり、統治制度だろう。これは大和魂を根底にしないでは生まれない。
今、日本は産みの苦しみにあると言っても良いかも知れない。
本来、日本に於いて生まれ・育まれ、受け継いできた大和魂が、
再び、開花する時期を迎えているのである。だから、産みの苦しみだ。
玄米菜食したら、それが諒解できるとまで言わないが、
万古不易の日本精神はそれを根底にして、確立された。
これは間違いがない。幾多の民族が、最終的に日本に到達した。
そして、五族協和した。これは間違いがない。
だから、日本人の顔は万国人の博物館だ。
日本人を猿と呼び西欧人も多い。
しかし、それは今だにちょんまげと着物姿を日本人と表現するのと同じで、
単なる狭量な知性に他ならない。
彼らは明き盲に過ぎないのである。
今、日本は艱難の時にある。菅難と言っても良いであろう。
しかし、必ず生き延びる。それはこれまでそうであったように、
瑞穂の国大和は、霊的にもそうかも知れないが、
体的にも完全食たる米に込(コメ)められているという勘がある。
白米は米ではない。玄米こそ米だ。
白米は米から作られた加工食品である。
全き精神は、全き物に宿る。まったき人間は、放射能如きに敗ける者ではない。
それは悠久の歴史が示している。
放射能の世界から、あらゆる物は生まれた。
最後は人間だ。
だから、その歴史を正しく辿れば、人間は生き延びる。
そう考えている。