心理セラピストとピアノ講師の
結星蓉子です


摂食障害を克服して、ピアノにも改めて向き合いはじめた頃…
娘が天使になって7年が経っていました。
とは言っても、心の辛さが全くなくなった訳ではなく、その頃は不安定になりながらも普通の生活をしたい気持ちが強かったように思います。
この先も、辛く、寂しい気持ちは一生なくなることもないし、乗り越えることもできなくて、この想いを抱きしめて共に生きていこうと思っています。
クスリの量もだいぶ減って、漢方薬に移行できてきました。
その頃は、とにかく本をたくさん読みまくって心に栄養をあげていたように感じます。
でも、今だからわかるあの頃の私の状態は…
心との向き合いは、あれが精一杯だったとは思うけど、ピアノにのめり込む事で、まだ自分を保っていました。
本当に人の心は難しく、また、グリーフケアはとても時間が必要だから
仕方なかったかなとは思います。
ピアノがなかったら「私は生きていけない」だって、ピアノはりさとの思いでの1つなんだもん…
りさはいつも私と一緒に弾いているから…って泣きながら練習したこともありました。
まだまだ、心は救いを求めていたのに無理をさせてしまっていたよね、ごめんなさい…と今は、当時の私に伝えたい。
人前では泣けない自分、頑張ってしまう自分…そして、自分を許せない自分。
そんな状態が、ジストニア(ゴルフでいうイップスと同じ)を発症させたと思っています。
もちろん、練習の仕方なども思い当たるところはありますが…
私の場合は、心の状態がかなり影響していると思います。
右手が全くコントロール不能になり、曲を弾けなくなり…
もう、大パニックで一人で泣きじゃくりました。
もう、汗だくになって
「神様はどうして私から大切なものばかりを奪うの?」
と、叫んでました、
でも、ピアノはやめたくない!
だから悩みながらも、治療とリハビリをすることに決めて動き出しました。まさか、7年以上かかるとは思いませんでしたが…
今は、80%良くなっています!
きっと、治ります。
だから、今は安心してます。
リハビリを初めて、半年が過ぎたある夏の日…
数日前から目眩が頻繁だったけど、
その日は、朝から船に乗ってるような目眩が頻繁になり、「おかしい。
明日、病院に行った方がよいけど、何科に行ったら良いんだ?」と思いつつ、早めにお風呂に入りました。
すると、湯船に浸かったら、動悸が凄くなり、「えっ、もしかして心臓が悪いの?ヤバイ!」と感じてゆっくり湯船から上がり、横になりました。そのまま、寝てしまっていたうちに、なんと意識を失っていたのです!
そのまま、死んでいてもおかしくなかったらしいけど、私は運良く意識が戻り、ちょうど帰宅した旦那に、
「なんか変だから、病院連れてって!とにかく変だから!」と話て、
夜間診療に行ったのです。
看護師さんが私の脈をとり、「あなた、歩かないでね!」と…
そして、心電図をとると先生から
「うちでは、処置出来ないので、救急車で総合病院に搬送します。途中で心停止するかもしれないから、私も乗ります。蘇生するために、心臓マッサージをしたら肋骨折れたり、アザになるかもしれないけど、命が優先だから…」と言われて、もうわけわからん状態で…
でも、すぐに思ったのが、このまま両親に会わずに死んだらいけない、
最後の言葉は交わさないと両親に私と同じ苦しみを味合わせてしまうからと。
だから、救急隊の方に「実家の両親に電話して病院に来てもらってください、申し訳ないですが、お願いできますか?」と話て夜中の1時頃だったけど連絡してもらいました。
そのまま、3日間、HCUに入り、約1ヶ月の入院となるのです。
長くなってきたので、この続きは次回にします。

