ソーシャルワーカー Ree-Roseのブログ

ソーシャルワーカー Ree-Roseのブログ

医療・福祉現場で患者さん・ご家族の相談援助の仕事をしています。
時間の流れの中で自分を見失わないようにしたいと思い、ブログを始めました。

やさしいあなたへ

2026年3月11日、
2011年に起こった東日本大震災から
15年が経ちました。

震災によって亡くなられた方々の
ご冥福をお祈りします。
また、今なお困難な状況に置かれている方々に、心よりお見舞い申し上げます。

11日は過ぎてしまいましたが、
いまの自分の気持ちを記しておこうと思います。


3.11から15年が経過し、
復旧・復興に向けての様々な取り組みが行われ、
とりあえずは平穏な日常が送れているように見えます。
しかし、今なお震災の傷跡は消えず、復興は道半ばです。

一昨年の2024年1月に起きた
能登半島地震では、
地震の直接の影響で亡くなった方228人に対し、2倍以上の490人が災害関連死で亡くなっています(2026年2月時点)。

南海トラフ地震や首都直下地震など
大規模災害のリスクは依然として高い状況にあります。

地震、津波、台風、豪雨、豪雪、
洪水、火山噴火など、
様々な自然災害が発生しやすい
「災害大国日本」において、
防災・減災の重要性はますます高まっています。

更に、世界に目を向けると
ロシアのウクライナ侵攻、
アメリカのイラン攻撃など、
紛争、戦争が起こっており、
いつどこで、何が起きても、
おかしくない状況です。

 
そのような中で
今、こうして生きていることは
当たり前ではないと感じています。
生きていることに感謝して、
今日も生きていきたいと思います。

また、悲惨な第二次世界大戦の反省に立つ
恒久平和、人権獲得の歴史と、
人類の叡知を信じて、
世界が争いではなく
平和の道に進むことを祈ります。
 


個人的なことを書くと、
私は阪神淡路大震災、
東日本大震災、
能登半島地震を経験しています。


1995年の阪神淡路大震災で、
震度7の揺れを経験しましたが、
建物が丈夫だったおかげで現在も生きています。

2011年の東日本大震災では、
出張先の東京で、バスの中から高層ビルや街路樹が左右に大きく揺れるのを見て、
阪神淡路大震災の時の記憶がよみがえり
恐怖を感じました。
その後、帰宅難民になり、
新宿駅の階段にずっと座っていました。

2024年の能登半島地震では、
今度こそ家が崩れるかと思いましたが
怪我もせず無事でした。


たくさんの人のいのちが犠牲になった阪神淡路大震災の経験から、
ソーシャルワーカーとして、
いのち、健康で人間らしい暮らしを守り
支える仕事を続けてきました。

また、死んだらダメ、
生きていることの大切さを伝える活動を
意識して行ってきました。


東日本大震災からは、
一度しかない人生を
もっと大切に生きようと思うようになりました。
行きたいところに行き、会いたい人に会おうと思うようになりました。

また、ある程度の備蓄や
食品のローリングストックも
意識して行ってきました。

( 私は阪神淡路大震災まで、地震の経験はありませんでしたが、雷が大大大嫌いで、停電に備えて、 懐中電灯やろうそく、風邪薬などの常備、食品のローリングストックを一人暮らしを始めた18歳の時からしていました。
困ったことが起きても一人で過ごせるようにするためです。
その考え方が現在も役に立っています。)

備蓄は物理的な備えになり、
心の備えにもなります。
備蓄はまだ自己流ですが、
何が起きても
落ち着いて行動しようという
心構えができました。

物品の備えと心構えによって
大難を小難にできるようにしたいと思っています。

それから、医療福祉の専門職として
県のDWAT (災害派遣福祉チーム)への登録、
災害時に救命ができるように
AEDの活用や怪我の応急処置などの講習会に参加して練習してきました。


能登半島地震後には、
職場での被災者の受け入れや、
避難所でのボランティア活動を行いました。

また、地域の皆さんと共に防災、減災についてのとりくみができるように、
念願だった防災士の資格を昨年末に取得しました。


振り返ると、この15年の間に、知識を増やしたり、物品を準備したり、資格を取ったりしてきました。
少しでも、人々のお役に立てる自分になりたいという焦りのような気持ちもありました。
何より、犠牲になった方々に恥ずかしくない生き方をしたいと考えてきました。


といっても、私はすぐ忘れてしまいます。
定期的に学び直しが必要です。

また、いつ死んでも後悔しないように、
身辺整理を少しずつ進めています。

3.11から15年を迎えた今日は、
これまで以上に
1日1日をより大切に、
丁寧に生きたいと思います。


ree-rose


丘に登ったら桜が咲いていました

花は咲くのですね

どんなにつらい時も