イギリスのロイヤル・オペラハウスは、オペラとバレエが上演される劇場で、エリザベス女王がパトロンです。毎年、「シネマシーズン」には全世界にオペラやバレエ作品が同時中継される行事になっています。今回のシネマシーズンでも、オペラやバレエの作品が次々と上演され、世界中に配信されたそうです。今年は、ロイヤルオペラハウスのパトロンとして芸術を支援してきたエリザベス女王が崩御された特別なシーズンとなりました。国民に敬愛されてきたエリザベス女王を偲んで、幕が開く前に観客全員でイギリス国家が歌わた様子が画面に映し出されました。例年以上に特別感が漂うシネマシーズン・・。その初日にロイヤルバレエ団が大切にしてきた作品である「うたかたの恋」の主役・ルドルフを演じたのは、日本人ダンサーの平野亮一さんです!世界中のバレエファンにその名前が響き渡る大変名誉な抜擢なのですが、日本のマスコミがあまり取り上げていなかったのが残念でした・・・。私も平野亮一さんというダンサーのことはこの作品を観るまでは全く知りませんでした。185センチの身長で、ちょっとワイルド系なお顔立ちでハンサムな方です。技術的にもロイヤルバレエ団の日本人プリンシパルは熊川哲也氏に続いて平野さんが二人目とか。高い技術力を持った方なのだと思います。伝統あるシネマシーズンの初日の作品。しかも、この作品の初演はロイヤルバレエ団で、ロイヤルバレエ団の宝として大切にされてきた作品が久しぶりに再演され、全世界に同時配信されます。その主役のルドルフを演じた平野亮一さんの名前は世界中のロイヤルオペラハウスのファンに響き渡り、大きな話題になっていたようです。

 

私と娘は事前の予備知識なしに、1月に宝塚で上演される「うたかたの恋」の予習のつもりで、軽い気持ちで西宮ガーデンズのTOHOシネマズに行って来ました。上演時間3時間23分のバレエ作品・・。バレエなのでセリフがないということは、「マリー、来週の月曜日、旅にでよう。」「はい!あなたとご一緒ならどこへでも・・・ラブラブ」というあの名台詞もないわけで、あの作品がどうやって、セリフなしに、身体表現だけで成立できるのか・・・。3時間は長すぎるので寝落ちしてしまうのではないか・・・などと、ちょっとネガティブな思いも持ちながら映画を見始めました。

 

でも、見終わってみると、3時間23分という時間は全く気にならなかったどころか、幕間の解説やインタビューを織り交ぜた構成が素晴らしくて、あっという間に見終わった・・という感じがしました。解説では、ロイヤルオペラハウスで上演される「うたかたの恋」のエピソードや、振り付けを担当したケネス・マクミランの映画的手法を取り入れたバレエのお話、ダンサー達へのインタビュー、ロイヤルオペラハウスシネマシーズンで上演される他の作品のことなど、初心者にも作品に入り込みやすい解説があったので助かりました。そして、「うたかたの恋」は3幕に別れていて、幕間時間が映画館でも休憩時間となっていたので、3時間23分の作品でも全く飽きることなく、バレエ初心者でも楽しむことができました。

 

わたしはこれまで、あまりバレエ作品には馴染みがなく、定番の「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」は子供たちを連れて見に行ったことが何度かあったのですが、そもそもバレエは女性ダンサーが主役で、男性ダンサーは女性をリフトをするために存在するもの・・とばかり思っていました。ところが、「うたかたの恋」は男性のルドルフが主人公。そして、この作品は、夢の中のおとぎ話のようなロマンチックなシーンや幻想的なシーンがあるわけではなく、全編を通じてリアルな人間の苦悩や孤独、「死」という結末を選ばざるを得なかったルドルフの苦しみがダンスだけで表現されていました。このバレエ作品を観て、バレエの持つ力の凄さに私は圧倒されて衝撃を受けました。「ドラマチック・バレエ」という言葉で解説されていましたが、男性を主人公にした作品であることや、苦悩や孤独やバイオレンスといった古典的なバレエ作品らしからぬテーマを扱った作品であることもこの作品の特徴であり、ロイヤルバレエ団が大切にしている作品としての所以なのだそうです。

 

「うたかたの恋」というタイトル(ロイヤルバレエのタイトルは「Mayerling」でしたが、邦題は「うたかたの恋ーMayerling」となっています)で、ルドルフが主人公ということは、宝塚もロイヤルバレエも同じなので、「軍服姿はれいちゃんのほうが平野さんより絶対にかっこいいはず!!」・・などと思って、軽い気持ちで映画を見に行ったのですが、見終わってみて、れいちゃんと平野さんを単純に比較してはいけない、ということがわかって反省しました。宝塚は男役さんをカッコ良く見せて、客席をときめかせる作品であることが求められます。そこにはロマンティックな恋愛ストーリーがあって、主人公はかっこよく描かれる必要があります。

 

一方、ロイヤルバレエの「うたかたの恋」は、皇太子ルドルフはかっこいい男性像とは全く方向性が違う男性として描かれていました。母親のエリザベートと父親のフランツからの愛を得られず(この二人もそれぞれ愛人がいたという設定になっていました)、政治的にも孤立して、宮廷内には誰も味方がいない中で、后妃ステファニーを含む4人の女性(もしかしたらそれ以上の)と関係を持って、時に狂気に満ちた言動を繰り返し、最後にはモルヒネを打って、拳銃自殺・・・。その道連れの相手にマリーを選ぶ・・というお話でした。プロローグのシーンはお墓に誰かが埋葬されているシーン。エピローグでまた同じシーンが出きて、そこで初めて埋葬されたのはマリー・ヴェッツエラだったことがわかるようになっています。最初からダークなイメージで物語が始まり、その次の舞踏会のシーンも、華やかで絢爛豪華な宮廷のシーンというよりも、ドロドロした人間関係が表現されたシーンになっています。ルドルフが幸せを感じているシーンは一つもなくて、全編、苦悩しているルドルフが、平野さんの激しいバレエの動きで表現されています。技術的にも凄いリフトやターンやステップの数々・・・。バレエのことはよくわかりませんが、アクロバティックなリフトの数々・・・・。本当にびっくりしました。

 

このバレエ作品の中で、マリー・ヴェッツエラと共に頻繁に登場するのは、ルドルフのいとこのラリッシュ夫人です。彼女はルドルフのいとこですが、ルドルフと愛人関係にあった人で、彼女がマリーをルドルフに引き合わせる役割も果たします。そして、ルドルフの本当の一番のお気に入りだったのは、娼婦のミッチー・カスパーで、バレエでは彼女に最初に心中を持ち掛けて、断られるというシーンがあります。マリーとの純愛を貫くためにマリーと心中したのではなくて、ミッチーに断られたからマリーと心中した・・・というストーリーになっていました。

 

マリー・ヴェッツエラも、世間知らずで純情な17歳の女の子・・という描かれ方ではなく、男爵令嬢とはいえ宮廷に入ることができない身分の家柄の女の子が皇太子ルドルフを射止めるためには何でもする・・・みたいな野心があって、ルドルフに拳銃を突き付けるなどちょっと危ないことをする女の子として描かれていました。

 

クロード・アネの原作を使っているということでは同じでも、宝塚歌劇団とロイヤルバレエ団では、ここまで違う作品になっているのか・・・というのがとても新鮮な驚きでした。単純に比較してはいけないということが良く分かりました。全く別の作品として観なくてはいけないと思いました。平野亮一さんのルドルフは、全編を通じて苦悩していました。頭を抱えて苦しみ悶えて、モルヒネを打って・・・。そして関係を持っているそれぞれの女性とも、純粋な恋愛というよりは、単に性的な関係だけを求めていたような不純な関係が表現されていました。

 

すみれコード的に問題のシーンが多々あったロイヤルバレエの「うたかたの恋」ですが、宝塚版の脚本を書いた柴田先生はこのロイヤルバレエの作品をご覧になったことがあるのかな、ということが気になりました。ロイヤルバレエの初演は、1978年。宝塚で上演されたのは、1983年なのだそうです。その他、映画になった「Mayerling」も何本かあったようなので、柴田先生は多少、バレエや映画からのインスピレーションを得たということはあるかもしれませんが、さすが、宝塚の座付き作家。すみれコードを忠実に守り、悲劇と狂気とバイオレンスの物語を、宝塚らしく夢々しく美しく、大恋愛ストーリーとして昇華させた柴田先生の手腕は見事だと思います。でも、ロイヤルバレエのルドルフの苦悩ぶりを見ていると、ルドルフが拳銃自殺をする前に、マリーとかくれんぼや狼ごっこをするような気持ちの余裕はなかったような気がしました。宝塚版の「うたかたの恋」の中でも、私は大好きなシーンの一つなのですが・・・・。

 

今回の宝塚版「うたかたの恋」は小柳奈穂子先生が演出を担当され、舞台装置やお衣装も変わったらしいので、新しい宝塚バージョンの「うたかたの恋」になっているかもしれません。小柳先生といえば、「はいからさんが通る」の演出で、玲ちゃんのかっこ良さをさらに引き出し手下さった先生です!そして、今回、ロイヤルバレエの「うたかたの恋」を見て知ったのですが、ロイヤルバレエの「うたかたの恋」に使われている楽曲は、フランツ・リストの曲なのだそうです。リストといえばれいちゃんが演じたリスト・フェレンツを思い出します!リストはこの「マイヤーリンク事件」が起こった時代に生きていた作曲家であり、ハンガリーにも縁が深い作曲家ということで、振付家のマクミランに楽曲のアレンジを頼まれたジョン・ランチベリーがリストの曲を使うことにしたそうです。れいちゃんーフランツ・リストーうたかたの恋ーMayerling(ロイヤルバレエ団)ーうたかたの恋(宝塚歌劇団)と、つながりを発見しました!

 

うたかたの恋・・・。原作が同じでも脚本によって、ここまで違う作品になるということが新鮮な驚きでした。そして、調べてみたところ、映画になった「うたかたの恋」もあることがわかりました。1936年版と、それをリメイクした1968年版があるのだそうです。1963年版にはカトリーヌ・ドヌーブが出演しているそうです。こちらも機会があれば見てみたいと思っています!