オーシャンズ優勝!!

オーシャンズ優勝おめでとう

思えば、Fリーグ開幕前に息子がフットサルクリニックでお世話になって以来、
ずっと応援してきましたが、初年度に優勝をそれもホームで決めるとは。
正直バルドラールが来ると思ってました

選手達がアップのためにコートに出てきたときから異様な盛り上がり。選手達も心なしか緊張の面持ちです。

スタンドもすでに立ち見状態。

息子お気に入りの2人です。勝手に師匠と呼んでます。

試合が始まっても少し緊張が取れないままで居ましたが、相手のミスから得点すると後はオーシャンズペースで試合が進みます。

だめ押し期待の第2PKをマルキーニョスが外したことも愛嬌の圧勝劇で優勝決定です


で、優勝トロフィーの前で表彰式。

最後に、真っ赤な紙テープが飛び交う中盛大な拍手と共にみんなで祝福です。
本当におめでとう。次シーズンも連覇目指して頑張ってください。
ゼーマン監督

ズデネク・ゼーマン監督は4-3-3システムのゾーンプレス戦術をひっさげ、シニョーリや後にフィオレンティナーで活躍するバイアーノを前線に配置する攻撃サッカーでミラクルフォッジアとして旋風を巻き起こし、1994年にラツィオの監督に就任しました。
監督就任後、自身の戦術の中心となるボクシッチやヴィンテルを獲得し、さらにスペクタクルな攻撃サッカーを世界に発信しました。彼の戦術は3枚のFWがサイドに大きく開くクラシカルな4-3-3システムとは異なり、現代の1トップ2シャドーのクリスマスツリー型でありながら、決して守備的ではなく、トレスボランチの2枚が攻撃に絡み、さらには4バックのサイド2枚も攻撃に加わる、いわゆるワーワーサッカーで数的有利を作るもので、サッキのゾーンプレスのような緻密さはありませんでした。システムの表記も2-5-3の方がよいぐらいでした。
したがって現在世界的プレーヤーとして名を馳せるネスタや後に代表選手となるファバッリ、ネグロといったディフェンダーを擁しながらも失点が非常に多く、ハマる時には大勝するものの大勝の直後の試合で大敗するなど不安定な試合運びが多々あり、記憶する限りスクデッド争いに絡んだことはなかったはずです。
数的優位を作ったあとは選手のイマジネーションに試合を委ねていたようで、かなりの運動量も要求するため、ガスコインなどは去ってゆき、ヴィンテルなどが重宝されました。ヴィンテルが去ったあとは同系統のネドベドを重宝していることからも彼の戦術指向が伺えます。
また、彼の戦術上の特徴として自チーム選手の退場後のポジション再配置が挙げられます。通常は前線を一枚減らして守備枚数の確保を最優先としますが、彼はなんとDFを一枚減らして中盤の枚数を確保します。このことは彼の戦術の基本が中盤のプレスにあり、勝ち負けに拘らず点を取ることに重点を置いた采配であることを如実に表しています。なので、数的不利な状況でも得点を重ねる一方で、退場後に大崩れして大敗することもありました。

ココまで書くと彼の采配に懐疑的あるいは不満を持っていたように思われるかもしれませんが、そうではなく、ラツィオ戦の放映をいつも心待ちにしていました。だって、ボール持っている選手をどんどん選手が追い越して攻撃が展開される様は本当に魅力的で、楽しいものでしたから。
彼は結局4シーズンをラツィオで過ごしましたが、スクデッドには一度も届かず、最後の一年は本当にガタガタで、辞任もやむなしという感じでした。彼の辞任後すぐにスクデッドを獲得したことは彼のサッカーに限界があることを証明することになったとの意見が大半ですが、私自身は彼のゾーンプレスによって強いラツィオの基盤が作られたのだと今でも信じています。だって戦術もなく、くそおもしろくもないエリクソンのサッカーでスクデッドが取れたのだから。
彼はその後、なんとライバルチームのASローマの監督に就任し、さらにセリエAの薬物問題を暴露した結果、監督としてのオファーが減っていったようです。
現在フリーみたいなのでセレッソの監督になってくれないかしら。代表監督には危険すぎますので・・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/ズデネク・ゼーマン








