柿谷がやった!
とりあえず書かずには居られないので。

昨日のナビスコカップで大好きな曜一朗が大活躍!
本当に長かった・・・

初めてみたのは2007年に豊スタで開催された豊田国際ユース。
小僧のサッカー大会の参加賞でもらったチケットで観戦。
セレッソの下部組織に化け物がいるという噂を聞いてた。
日本対韓国の決勝戦での柿谷は、CFとして
屈強な韓国人DFと終始駆け引き。ぬめーっとした動きと、
細かい仕掛けで赤子のように扱い、掌の上で転がしていた。
日本人が韓国相手にこんなことができる日が来たんだと
衝撃を受けた瞬間だった。

その後はU-17アジア選手権決勝戦での異次元のプレー、
U-17ワールドカップフランス戦での超ロングシュート、
16歳でプロ契約と、日本代表の未来を担う選手への階段を
3段飛ばしで駆け上がって行ったのだが、
同期入団に努力の化け物、香川が隠れていた・・・
香川は元々守備的MFだったが、嗅覚優れたブラジル人監督によって、
左の攻撃的MFとしてコンバートされたあとはドリブル突破に磨きがかかり、
柏木からもバカにされてた駄パスは絶妙の間で味方に渡るようになる。
シャドーとしてよりゴールに近いポジションに移ったあとは
唯一の欠点となったへたくそなシュートがオフの間に改善されていて、
開幕からゴールを量産・・・と、課題を半年単位で武器に変えていく
努力は応援しているチームの選手でありながら怖さを感じた。
テレビで見ているだけの僕でさえこれなんだから、
日々間近で香川を見ていた『天才』柿谷はどんな気持ちだったのだろう。

試合に出るたびに、柿谷がもたないものを自分の武器として、
どんどん高みに登っていく香川。オリンピックに飛び級で招集され、
ドイツW杯でも予備登録(監督が岡ちゃんじゃなければ確実にレギュラー)。
本来自分が歩むべき道を歩く香川を遠くから眺めるだけの日々。
ここで曜一朗は歯を食いしばって努力することをせず、腐ってしまい、
あげく監督から三行半を突きつけられて徳島に放出された。
一方、香川はドイツに活躍の場を移した。その後の躍進は
語るまでもないが(でも僕が見てきた香川と新聞等で語られる香川は
少し違うのでいつか彼についても書きたい)、セレッソは香川が
去ったあとも乾や家長、清武、ボギョンがポジションを埋めて、
みんな大活躍(乾と家長はヨーロッパへ旅立つ)。
曜一朗が約2年ぶりに徳島から帰ってきても清武・ボギョン・ブランキの控え扱い。
やんちゃっぷりは影を潜め、ボールをもった瞬間に何をするか分からない
あのワクワク感は全く見られない。徳島から卑屈になって帰ってきただけだと
かなり諦めかけていた。
徳島時代の柿谷のプレーは全試合チェックしていた。
監督から何を言われていたかは分からないが、フォアザチームを
履き違えた無難なプレーに終始し、あの人を食ったかのような
プレーはほとんど見られない。時折、持ち前の才能を発揮して
目が覚めるようなプレーをするが、ボールをもつ回数は少ないし、
2つ先のプレーすら読めず、壁パス以外は自分がフィニッシュする
イメージのパスや動きをしない。こんな状態で帰ってきて
セレッソ魅惑の3シャドー2バックサッカーに馴染むのか・・・。
しかし、タイミングが良かったのか、タイミングを計ったのか、
彼を放出した監督がチームを去り、若く情熱的な監督が就任した。
彼は柿谷を常に叱咤し、プレーと意識の改善を求め続けていた。
その最初の成果が昨日のプレーで具現化した。
前線からのしつこいプレスによって自ら奪ったボールを
絶妙の場所において、DFの足が出た瞬間にまた抜き。
左斜めに前進しながらキーパーが準備する半拍子前に
右のアウトサイドであり得ない方向に
ボールを飛ばしたゴールにそれが集約されていた。
その後の決勝点も、あの体勢からあのコースにあのスピードと高さ、
少しカーブがかかってDFの股をすり抜けてゴールの隅に入るなんて、
あり得ない。まず、技術的にできないし、ピッチ上の何かが集まってきて
祝福したとしか思えない一撃だった。解説者も言っていたが、
今日の柿谷は何なんでしょうね(以下口籠もる)という表現しかないだろう。
でも、僕は全然満足してないぞ。まだまだ、もっともっとできるはずだ。
今日は雌伏の時を経た再覚醒の第一歩、いや半歩だ。
メンタル弱くっても良いじゃない。空気なんて読めなくて良いじゃない。
不敵に笑って、相手を舐めきってプレーするぐらいが曜一朗には似合ってる。
曜一朗、毎試合僕をドキドキさせてくれ。
香川がマンUでどれだけ活躍しても、清武がオリンピックで優勝しても、
一番に見ているから。


昨日のナビスコカップで大好きな曜一朗が大活躍!
本当に長かった・・・

初めてみたのは2007年に豊スタで開催された豊田国際ユース。
小僧のサッカー大会の参加賞でもらったチケットで観戦。
セレッソの下部組織に化け物がいるという噂を聞いてた。
日本対韓国の決勝戦での柿谷は、CFとして
屈強な韓国人DFと終始駆け引き。ぬめーっとした動きと、
細かい仕掛けで赤子のように扱い、掌の上で転がしていた。
日本人が韓国相手にこんなことができる日が来たんだと
衝撃を受けた瞬間だった。

その後はU-17アジア選手権決勝戦での異次元のプレー、
U-17ワールドカップフランス戦での超ロングシュート、
16歳でプロ契約と、日本代表の未来を担う選手への階段を
3段飛ばしで駆け上がって行ったのだが、
同期入団に努力の化け物、香川が隠れていた・・・
香川は元々守備的MFだったが、嗅覚優れたブラジル人監督によって、
左の攻撃的MFとしてコンバートされたあとはドリブル突破に磨きがかかり、
柏木からもバカにされてた駄パスは絶妙の間で味方に渡るようになる。
シャドーとしてよりゴールに近いポジションに移ったあとは
唯一の欠点となったへたくそなシュートがオフの間に改善されていて、
開幕からゴールを量産・・・と、課題を半年単位で武器に変えていく
努力は応援しているチームの選手でありながら怖さを感じた。
テレビで見ているだけの僕でさえこれなんだから、
日々間近で香川を見ていた『天才』柿谷はどんな気持ちだったのだろう。

試合に出るたびに、柿谷がもたないものを自分の武器として、
どんどん高みに登っていく香川。オリンピックに飛び級で招集され、
ドイツW杯でも予備登録(監督が岡ちゃんじゃなければ確実にレギュラー)。
本来自分が歩むべき道を歩く香川を遠くから眺めるだけの日々。
ここで曜一朗は歯を食いしばって努力することをせず、腐ってしまい、
あげく監督から三行半を突きつけられて徳島に放出された。
一方、香川はドイツに活躍の場を移した。その後の躍進は
語るまでもないが(でも僕が見てきた香川と新聞等で語られる香川は
少し違うのでいつか彼についても書きたい)、セレッソは香川が
去ったあとも乾や家長、清武、ボギョンがポジションを埋めて、
みんな大活躍(乾と家長はヨーロッパへ旅立つ)。
曜一朗が約2年ぶりに徳島から帰ってきても清武・ボギョン・ブランキの控え扱い。
やんちゃっぷりは影を潜め、ボールをもった瞬間に何をするか分からない
あのワクワク感は全く見られない。徳島から卑屈になって帰ってきただけだと
かなり諦めかけていた。
徳島時代の柿谷のプレーは全試合チェックしていた。
監督から何を言われていたかは分からないが、フォアザチームを
履き違えた無難なプレーに終始し、あの人を食ったかのような
プレーはほとんど見られない。時折、持ち前の才能を発揮して
目が覚めるようなプレーをするが、ボールをもつ回数は少ないし、
2つ先のプレーすら読めず、壁パス以外は自分がフィニッシュする
イメージのパスや動きをしない。こんな状態で帰ってきて
セレッソ魅惑の3シャドー2バックサッカーに馴染むのか・・・。
しかし、タイミングが良かったのか、タイミングを計ったのか、
彼を放出した監督がチームを去り、若く情熱的な監督が就任した。
彼は柿谷を常に叱咤し、プレーと意識の改善を求め続けていた。
その最初の成果が昨日のプレーで具現化した。
前線からのしつこいプレスによって自ら奪ったボールを
絶妙の場所において、DFの足が出た瞬間にまた抜き。
左斜めに前進しながらキーパーが準備する半拍子前に
右のアウトサイドであり得ない方向に
ボールを飛ばしたゴールにそれが集約されていた。
その後の決勝点も、あの体勢からあのコースにあのスピードと高さ、
少しカーブがかかってDFの股をすり抜けてゴールの隅に入るなんて、
あり得ない。まず、技術的にできないし、ピッチ上の何かが集まってきて
祝福したとしか思えない一撃だった。解説者も言っていたが、
今日の柿谷は何なんでしょうね(以下口籠もる)という表現しかないだろう。
でも、僕は全然満足してないぞ。まだまだ、もっともっとできるはずだ。
今日は雌伏の時を経た再覚醒の第一歩、いや半歩だ。
メンタル弱くっても良いじゃない。空気なんて読めなくて良いじゃない。
不敵に笑って、相手を舐めきってプレーするぐらいが曜一朗には似合ってる。
曜一朗、毎試合僕をドキドキさせてくれ。
香川がマンUでどれだけ活躍しても、清武がオリンピックで優勝しても、
一番に見ているから。
