という事で暮れは何時も寿司屋へ行くわけだ、これは風習というか子供のころからこうだったので自然とこうなる。
私の生息する墨田区向島という花街が有る下町では町内に何件もの寿司屋が有った。
同じ町内に5~6件は普通にあった、なので気軽に行ける場所だったんですねー。
かといって安い訳ではない、今の回転寿司の方が遥かに安く当時でもそこそこの値段していたと思う。
それが何で気軽に行かれたかというと、当時のご時世が有る。
戦後の苦境から朝鮮景気を基として高度経済成長期、なので元から有った宵越しの金を持たない江戸っ子の性格と一致していただいた給料は殆どその月に使ってしまうと。
これは地方から集団就職してきた方たちにも蔓延して、昔の下町には沢山の一杯飲み屋(おにぎりやとかお茶漬けやなどと呼ばれてた)が有りました。
かくいう私もそうで給料いただくと夜遊び三昧でしたぁ。
話を戻しまして、何時もの寿司屋で今年の〆です。
キンキンの生からですねー、生ビーは冬でもやっぱり冷え冷えが美味しいですよね。
玉子焼きが先ず出て来る、これがですねー。
ここんちの玉子焼きは焦げを付けながら巻いてる、関東の玉子焼きは砂糖が入るので焦げやすいのだが、それを逆手にとってこういうふうに作る所も有るのだ。
香ばしさが有って店主の拘り、私も大好きなんですねー。
自家製の松前漬け、市販の物とは違い殆どが数の子である、スルメの旨みに昆布の旨みとこれもたまらないですねー。
でかいズワイのはさみなどをつまみにしていると。
この日は家族一緒なので先ず息子の一人前が出て来た。
まあ、これ食べてから好きなのを食べるんですがね。
先ずは一前食べさせておかないといくら食べるのかという事になりますのでね。
われわれの一貫目は中トロ、この日は大間の物だ。
ここの所TVなどで認知が高くなったか超ブランドで高騰しなかなか入手できないのだが。
それほど大きな物でない(それでも100キロくらいある)ハラ上を入手できたという。
マグロ臭さがある適度に脂ののった本マグロはたまらない。
この日は師走という事で出前が混雑しててこんなふうにボタンエビをそのまま出して来た。
ひと手間加えるのが江戸前だか、こういう時はお互い様で客の方も素直に頂く。
濃厚な味噌が旨いですねー、勿論身の方も甘くておいしー。
コハダ、江戸前寿司の看板だ。
材も締め具合も絶品のネタです、見た目通りきりっとした締めで私好みでたまらない。
何とこの日小芝のシャコを仕入れていた。
小芝漁港は今でいう八景島シーパラダイス近くの小さな漁港ですが今はこちら産のシャコはその旨さと貴重性からブランド化しています。
乱獲からか一時は殆ど漁が無かったのですが、現在は環境保全が功を奏して取り戻して来ているという。
頭をもらったのは爪を食べたいから、ちっちゃな爪の部分はもう少し大きいものだと作ってくれるのですが、この大きさだと小さすぎますからね。
兎に角口の中で溶けるくらい、ふんわりとしてて立派な大きさでは無いのですが食感は違います、おいしー、。
閖上産の赤貝です、震災で一時はどうなるかと思われたのだが、しっかりと復調しています。
こういう物を口にできるのが寿司屋の醍醐味ですね。
ということでこちらが出てきます。
ヒモカッパ、そう赤貝の貝の紐とキュウリを巻いたもの、私の大好物です。
これ一本作るのに3玉必要な贅沢品、サビも適度に効いてたまりませんよー。
茶碗蒸しは息子には特大、丼で出てきます。
中には椎茸ゆり根に銀杏、海老やウニも入ってる、我々は普通サイズですが。
私も40代までは丼ぶりで出してもらっていた、長い付き合いですねー。
雲子(鱈の白子)も出て日本酒が進む―。
ここの日本酒は仕入れ先から私の趣向で秋田の高清水の上撰を入れてもらっている。
高清水は旧来の醸造蔵と近代的な工場蔵を持ってて、勿論これは工場生産ですがしっかりと麹の香りや旨味をもった酒なのでこれを置くようにしてもらってる。
煮浜だ、ハマグリを煮た江戸前の一手間かかったネタ、大好物だ。
こんな風に煮て握りに出来るものは大きくないと出来ない、原価と手間を考えたらそんなに儲かるネタではないので置いてない店も多くなってるんですね。
他にも色々食べてもういいかなぁと思っていたら最後に大将がこれって握ってくれました。
焼き物の銀鱈の西京焼きとか、ウニだイクラだと色々と握っていただいて大満足な今宵でした。
やはり一年の〆は寿司ですよねー、江戸っ子はこれが無いとです。
とか言って、新年あけたらまた寿司屋に行くんですよー、これも恒例です。
なので関りが深いのが下町のお寿司屋なんですね。
でも今の方達にはこの伝統は殆ど受け継げられてはいないです、残念ですね。
おやじさん来年もまたよろしくお願いします、ごちそうさまでしたーーーーーー、、、、。