どうも。
鯛です。

この日記、何日か前に書いたんですが、全部消えました…。

で、書く気を完全になくしてたんだけど、これは書いとかにゃなんでね。


というわけで、塾の三年目。

姫様が塾を去り、同期の多くが辞めた年。

この年は一番授業をたくさんやったな。

全部で5クラス。
まぁ、今のおじいちゃんとかに比べりゃまだまだですが。

60人くらいを担当して、毎週100枚くらいテストの丸付けしてた。

中学受験も初体験。
全然役に立たなかったけど。

中3は、弟はいる、恩師の娘はいる、非常に特殊な学年だった。
最初はおとなしかったし、途中いざこざがあったけど、最終的にうまくいったかなと、思います。

テスト対策も始めた。
授業形式を本格的に始めたのはこの時。

とにかく試行錯誤。


でも、何より、この年の中1を担当し、学年主任をやった。
あの、奇跡の学年。

4月から、最高のスタートを切った。


が、

信じらんない出来事が…。

尊敬し、信頼していた先輩が、塾を去る。

もう、パニック状態だった。

何もかも頼ってたから。
いなくなって改めて、あの人の凄さと、僕の情けなさを実感。

とにかく、がむしゃらに働いて吹っ切ろうとした。

そして、この時初めて、HAYAWOとバーディを組む。

本当に、この上なく難しいデビューだったのに、頑張って耐えてくれた。

この時の彼の働きがなければ、あの学年はなかったと思う。
本当に、感謝、感謝。

なんとか乗り切って、中1はいい形で終われたと思う。

で、この年度の終わりにまた一人、M田先生が去る。

ここまで、ずーっと助けてもらってただけに、この後がすごく不安だった。


そして4年目。

この年が一番働かなかったな、振り返って考えると。

この年に、もっと色々な事を生徒に伝えられていたら、もっといい結果を次の年に出せたんじゃないかと思う。

とにかく、卒論はヤバかった。
僕は二つのものを同時に追いかけるのがスゴく苦手で、どうしてもどちらかに寄ってしまう。

この年は塾のウェイトが正直下がっていた。

だから、学年末には、生徒の成績もかなりヤバくなっていたし。

反省。

そして、この年は工場長をはじめ、高等部の講師がたくさん去った。

あいつとは、けなし合ってただけだったのに。
随分と仲良くなってしまいました。

大学時代に、あいつに会えて、ホントに良かった。

続く