ハラリさんフレーズありがとう
タイトル浮かびました^ ^




知識がついて頭良くなると分析が始まって
精神のことを理解しようとするけど



精神って元々体育を習うみたいに
感覚から始まるものであるなら
知識なんて要らなくて


不安になるのも完璧になるのも強くなるのも
何もかも理由なんてなくて



初めから僕は

不安なんかなかったし
完璧だったし
強かったし
すごかったし
良かったのに


全て持ってたのに何もかも学ぶうちに失っていったんじゃないかな?



あれもない
これもない
これはダメだ
これは少ない
あれが怖い



どんどん知識と経験を積んで弱体化してきたんじゃないか?



ハラリさんの言い回しを使うと
知識の奴隷になっているんじゃないか?
(ハラリさんは本の中で人は農業革命で小麦の奴隷になったと言っていた)



精神なんて感覚の問題だし
元々感覚が大切な体育よりも
これで出来てるとか形も決まってなくて 
(これが前転ですとかね)



全てを窮屈に
形決めて
正解を作って
狭苦しくしてるのは



知識だ



見もしてない先の不安を作り上げ
完璧はこういう人のことを言うと作り上げ
これがいい人だよって形を決められ
こういうことができる人がすごい人で
これが男で女で



知識なんてサポートで使う程度でいい

うまくいかない時にあの考え方使えるな
こうしたらもっと良くなるなでいい



知識は知識

知識=僕じゃない

知識は便利ツールであり人生ではない



自己価値を決めるのは知識ではなく

心だ

そして心に形や決まりなんてない



だから簡単な話だ


考えるな


理由付けなんて要らない
心は自由なんだから



僕は完璧でいい子ですごいです。



ただそれだけだ笑



自己価値を決めるのは自分の意思
そう思えばそうなんだ笑


僕はすごい!

どこが?

え?すごいからだよ!


これでいい笑




僕の価値を下げたのは知識と経験だ



そんなもの捨てろ
(少し感情が入り言い方が荒いw)



そして持ち替えよう



僕が幸せになるための知識と経験達として