◇評価法変え治験道筋

 新型コロナウイルスの国産ワクチン開発がこれから正念場を迎える。実用化する際に求められる最終段階の臨床試験(治験)の実施方法が焦点となっていたが、国際的な薬事規制当局が6月下旬に新たな方針を発表。これを受け、国内で初期段階の治験を始めている製薬企業4社のうち3社が、年内に最終段階の治験を始める構えを見せている。国内では海外製ワクチンの接種が進むが、免疫の持続期間は明らかでなく、追加接種の可能性もあり、国産の開発に期待する声も根強い。【横田愛】

 世界的にワクチン接種が進む中、難しい状況に置かれているのが日本のメーカーを含めた「後続組」の開発企業だ。国内では塩野義製薬、第一三共、KMバイオロジクス、アンジェスの4社が少人数を対象とした初期段階の治験を進めるが、最大のハードルとされる最終段階の治験をどのように実施すればいいか、見通せなくなっていた。

 米ファイザー社などは昨年、最終段階の治験で、複数国で募った数万人の参加者を「本物」を打つ群と「偽薬」を打つ群に分け、接種後の発症の有無を比較することで「本物」の効果を立証した。だが、今年に入って各国で接種が加速。有効な実用化済みワクチンがある中で、偽薬を投与する倫理的問題もあり、先行企業と同じ方法での治験は難しくなっていた。

 3月、日米欧など28カ国・地域の薬事規制当局で作る組織(ICMRA)は代替策の議論を始めた。6月下旬にまとめた新たな方針では、偽薬の代わりに実用化済みのワクチンを比較する相手とし、発症の有無ではなく、血液中の中和抗体価(抗体の量)の増え方を比べ、実用化済みワクチンに劣らないことを示す評価方法も認めるとした。

 この変更に伴い、治験への参加者の数も、従来の数万人から数千人の規模に縮小しても効果を立証することが可能となった。今後の道筋が明確になったことから、塩野義製薬、第一三共、KMバイオロジクスの3社は、年内の最終段階の治験開始を目標とする方針を打ち出した。

 ◇被験者集めに課題

 一方、新たな課題も浮上している。一つが治験への参加者集めだ。

 第一三共は3月から成人と高齢者を対象に初期段階の治験(目標症例数152人)を始めたが、自治体から接種券が届く時期とちょうど重なり、接種を受けていない高齢者を集めるのに「非常に苦労した」(上野司津子・臨床開発第3部長)という。国際規制当局の新たな方針で規模の縮小こそ認められたが、上野部長は「数千人規模でも接種歴のない人に参加してもらうのは難しい」と指摘。海外の複数の国を含めて治験を検討しているといい、KMバイオロジクスも、国内だけで集めるのは困難で「海外での治験も選択肢に入ってくる」(広報担当)と明かす。

 さらに各社が頭を悩ませるのが、効果を比較する相手として必要な実用化済みワクチンの確保だ。

 国内ではファイザー、米モデルナ、英アストラゼネカの3社の製品が実用化されているが、いずれも国が国民への接種のため企業側から買い上げており、「治験用」は存在しない。

 世界的なワクチン不足の中、先行企業から後続企業が直接購入できる余地も少ない。

 第一三共の籔田雅之バイオロジクス本部長は「国のサポートがないと確保できない」と訴える。厚生労働省は「どのような支援ができるか考えたい」(予防接種室)とするが、塩野義製薬の手代木功社長は「(新たな方針に沿って)我々もやりたいが、本当にスピードアップになるのか、考えるほど難しい」と指摘。年内に比較相手の既存のワクチンが確保できない事態に備え、偽薬を比較相手とする従来型の治験をアジア、アフリカで実施する準備も並行して進めるという。

 実用化済みのワクチンのうち、どの社のものを比較相手として採用するのかという問題もある。ワクチンのタイプには「メッセンジャー(m)RNA」や「遺伝子組み換えたんぱく」など複数ある。国際規制当局の新たな方針では、同じタイプのものから「選ぶのが良い」とされたが、同タイプがない場合などは検討が必要とされた。4社のうち第一三共しか、同じタイプで実用化された新型コロナワクチンが現時点で日本にまだない。

 また、ファイザー製とモデルナ製は有効率9割以上の極めて高い効果が示されており、比較する相手として選んだ場合、「ハードルがものすごく上がる」(厚労省幹部)。中和抗体価がどの程度上がれば発症や重症化を防げるのかはまだ研究途上で、規制当局が「合格ライン」をどこに引くかも焦点となる。

 ◇各社差別化に腐心

 政府は「来年分」として、モデルナと国内供給を担う武田薬品工業との間で5000万回分の追加供給を受ける契約を締結した。米ノババックスからも武田を通じて1億5000万回分を調達する方向だ。ノババックス製は米国でもまだ実用化されていないが、日本でも承認されれば国民の大部分をカバーする数量にはなる。

 ただ、供給を巡っては今春以降、「海外頼み」で接種が遅れる苦い経験をした。塩野義製薬やKMバイオロジクスは来年には大規模生産が可能になるとしており、追加接種をにらんだ安定供給の面からも期待が強い。

 一方、国産が国民に選ばれるには、安全性や有効性に加え、既存のものと比べて優位性があり、差別化ができるかもポイントだ。

 日本で主力のファイザー製とモデルナ製は、発熱や痛みなどの副反応の多さや、冷凍管理、1瓶に複数回分入る使いづらさなどが指摘されている。これらを意識し後続の各社は、「1人1瓶で冷蔵管理可能」(塩野義製薬)、「使用実績がある『不活化タイプ』で小児から高齢者まで安心して接種可能」(KMバイオロジクス)などとうたい、特徴を出すことに腐心する。

 政府関係者は「新型コロナのワクチンは改良の余地がまだまだあり、国産でより良いものを出せる可能性はある」と強調。企業の開発力と政府のサポートが問われる局面が続く。