今回はMAO阻害薬以外の抗うつ薬についてお話します。

 

前回のMAO阻害薬(図1.4)とは異なり、1950年代以降、様々な新しい抗うつ薬が開発・市販されてきました。
これらの新しい抗うつ薬は、シナプス前神経の内部で、セロトニンなどの伝達物質を蓄積させることはありません。その代わり、これらの薬は、シナプス前神経もしくはシナプス後神経の表面にある受容体に付着することにより、脳内に自然に存在する神経伝達物質の作用を真似る働きをします。

新しい抗うつ薬がどのようにして、このような作用を可能にするのかを理解するために、前述の錠と鍵のたとえを思い出してください。自然な伝達物質は鍵のようなもの、一方、神経の表面上に位置する受容体は錠のようなもの、と考えてください。鍵が錠を開くことが出来るのは、その鍵が錠とぴったり一致する形をしているからです。
抗うつ薬は、製薬会社が製造した偽物の鍵のようなもの、と考えましょう。
セロトニン、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)、ドーパミンなどの自然な伝達物質の形を立体的に捉えることで、それらとそっくりの形をした新しい薬を製造することが可能になります。これらの薬は神経の表面上にある受容体にぴったり納まり、自然の伝達物質の作用を真似ることができます。脳は、まさか錠に納まっているのが抗うつ薬とは夢にも思わないでしょうね。
---当然、自然な伝達物質が、神経の表面にある受容体に付着しているもの、と騙されてしまうわけです。
理論的にいえば、人口の鍵(抗うつ薬)は、受容体に付着した際、次の二つの作用のうち、いずれか一方を引き起こすとされています。
 (1)それによって鍵が開くか
 それとも
 (2)実際に鍵が開かないまま、鍵穴だけがそれによって塞がれてしまうのか
のどちらかです。

鍵を開ける薬は「作用薬(アゴニスト)」と呼ばれます。作用薬は単に、自然の伝達物質を真似るだけの薬です。一方、鍵穴を塞いでしまう方の薬は、「拮抗薬(アンタゴニスト)」と呼ばれます。拮抗薬は、自然の伝達物質の作用を遮断し、その効果を阻害します。
抗うつ薬が、シナプス前神経及びシナプス後神経上の受容体に及ぼす影響の仕方については、いくつか考えることができます。
ここでは話を解り易く理解するために、シナプス前神経が使用する伝達物質はセロトニンである、と考えてみましょう。とはいえ、あくまで同じことが他のどの伝達物質にもまったく同様に当てはまることをご承知ください。

◆ここで、再取り込みポンプ上の受容体を遮断したとしたら、はたしてどうなるのでしょうか?
シナプス前神経は、もはやセロトニンをシナプスから取り込むことができなくなってしまいます。神経が発火するたびに、ますます多くのセロトニンがシナプス領域に放出されていしまうことになります。
これが、現在処方されている抗うつ薬の作用の仕方になります。

図1.5に示す通り、抗うつ薬によって、シナプス前神経上にある再取り込みポンプの受容体が遮断されると、シナプス領域には伝達物質がどんどん蓄積されてきます。このプロセスは、最終的に前回説明したMAO阻害薬を投与した際と同様の作用をもたらすことになります。これらのどちらの場合にも、シナプス領域におけるセロトニン濃度は上昇していきます。そのため、シナプス前神経が発火すると、通常以上の量のセロトニンがシナプスを「泳いで」渡り、シナプス後神経を刺激して発火させることになります。ここで、セロトニン系のいわゆる「ボリュームアップ」が生じることになります。

 

◆はたしてこれはよいことなのでしょうか?
これこそが、抗うつ薬が気分を改善してくれる仕組みなのでしょうか?
確かに、この仮説は現在、広く受け入れられていますが、実際のところ、その本当の答えはまだ誰も解らないままです。

抗うつ薬が異なれば、それによって遮断されるアミンポンプも異なります。また、抗うつ薬によっては、他のと比べより特効的な作用をもたらすものもあります。

◆「三環系」抗うつ薬
⇒比較的古くからある「三環系」抗うつ薬は、セロトニンとノルエピネフリンの再取り込みポンプを遮断します (三環系という用語は、高校で習った亀の甲(六角形の)が三つ連結した構造を言います)。「三環系」抗うつ薬を服用すると、これらの伝達物質が脳内に蓄積することになります。「三環系」抗うつ薬の中には、セロトニンポンプに比較的強く作用する種類もあれば、ノルエピネフリンポンプに比較的強く作用する種類もあります。
  セロトニンポンプにより強い作用を及ぼす薬⇒「セロトニン作動性」
  ノルエピネフリンポンプにより強く作用する薬⇒「ノルエピネフリン作動性」
  ドーパミンポンプにより強く作用する薬⇒「ドーパミン作動性」
と呼ばれます。
代表的なものでは、
  ○アミトリプチリン(トリプタノール)
  ○イミプラミン(トフラニール)
などがあります。

◆「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」(略してSSRI)
  ○フルオキセチン(Prozac) ⇒※「セロトニン作動性」が非常に強い
比較的新しい抗うつ薬の中には、セロトニンポンプに対して非常に選択的で、特効薬な作用を及ぼすという点で、より古い三環系抗うつ薬とは異なるものがあります。
フルオキセチン(Prozac)は「セロトニン作動性」が非常に強い薬で、これを服用すると脳内にセロトニンが蓄積されます。しかしながら、フルオキセチンが遮断するのは、あくまでセロトニンポンプだけであるため、ノルエピネフリンやドーパミンなど、他の伝達物質は蓄積されません。このような働きをする抗うつ薬のひとつであるフルオキセチンは、セロトニンポンプに選択的で、特効薬的に作用することから、「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」(略してSSRI)と呼ばれます。
このSSRIはセロトニンポンプだけを遮断し、それ以外のポンプは一切遮断しない、ということです。

また、新しい抗うつ薬の中には、それほど選択的ではないものもあります。ひとつの種類に限らず、複数の種類の再取り込みポンプを遮断するものに、ベンラファキシン(Effexor)があります。
 ⇒セロトニンとノルエピネフリンの両方のポンプを遮断する。→(二重(デュアル)再取り込み阻害薬)
 ⇒古くからある三環系抗うつ薬の幾つかと比べ、副作用が少ない。

シナプス後神経のセロトニン受容体を直接刺激する、つまり自然のセロトニンの作用を真似る、一種の偽造セロトニンの作用をする薬にブスピロン(BuSpar)がある。ブスピロンには初の非常用性抗不安薬として発売されました。幾分穏やかな抗うつ作用もあります。しかし、その抗うつ特性も抗不安特性も特に強力というほではないことから、結局、不安やうつ病の治療薬としてはさほど人気が出ませんでした。

シナプス後神経のセロトニン受容体を遮断する薬は、自然のセロトニンのもつ作用を阻害することから、理論的には、うつ病を悪化させると考えられます。セロトニン受容体を遮断する薬には、
 ○ネファゾドン(Serzone)
 ○トラゾドン(デジレル、レスリン)
  ⇒セロトニン拮抗薬に分類されるが、抗うつ薬としても使われる。

図1.6がシナプス後神経のセロトニン受容体を遮断するイメージである。

薬によっては、シナプス前神経、シナプス後神経の数種類の受容体に複雑な作用を及ぼすものもあります。
例えば、
 ○ミルタザピン(Remeron) 
シナプス後神経のセロトニン受容体を刺激するように思われるが、シナプス前神経上にあり、ノルエピネフリンを伝達物質として使用する受容体も刺激します。これによって、これらの神経から放出されるノルエピネフリンが増加します。したがって、ミルタザピンを服用するとセロトニン系が弱められ、逆にノルエピネフリン系が強められます。

これら、ネファゾドン、トラゾドン、ミルタザピンの抗うつ作用は、セロトニン仮説から予想される作用とはまさに正反対です。

◆セロトニン系を弱めるにもかかわらず、抗うつ薬であるというのは、いったいどういうことだろうか?
脳内はさまざまな種類の受容体が存在し、そのそれぞれが全て異なる作用をします。しかも、脳内のさまざまな回路間では、複雑で数多くの相互作用が相当なスピードで起っていることも忘れてはいけません。脳内のある領域における神経系統のひとつを動揺させると、脳内の他の領域にある数億にのぼる他の神経にも瞬間に変化を及ぼすことになります。
詰まるところ、たとえ世界のトップクラスの神経学者といえども、これらの薬がなぜ、またいかにしてうつ病に効果を発揮するのか、明確に理解している訳ではありません。
要するに、現在処方されている抗うつ薬のほとんどは、セロトニン、ノルエピネフリン、ドーパミン系統のいずれかに作用するということ。ひとつの伝達物質系にのみ非常に選択的に作用する抗うつ薬もあれば、多くの伝達物質系に作用するものもあります。しかし、ではなぜ、現在処方されている抗うつ薬が、これら三つの神経伝達系統に及ぼす作用が有効なのか、ということになると十分に一貫した説得力のある説明がないのが現状です。

たとえば、抗うつ薬の中には、セロトニン濃度を引き上げるものもあれば、セロトニンには一切、何の作用も及ぼさないものもあることは前述のとおりです。しかし、これらはいずれもほぼ等しく有効な抗うつ薬です。図1.4から図1.6に描かれている模式図が、極端に簡略されたものであることは明らかですが、抗うつ薬の作用を巡って現在唱えられている仮説とはいえども、不完全で抗うつ作用のメカニズムを説明するには不十分であることをご留意いただければと思います。

 

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