相手に与えてばかりの追うだけではだめ。。。 ワタシをあえて追わせる気持ちでいないと,相手は安心しきって興味がなくなる。

のではないかなー。 その有り余る思いが心地よくある場合ももちろんある。でも,人って追ってるときの方が楽しいんだよね…
ひどく重たくて,そして冷たい環境がそこにある。この前まで笑顔で接しくれていた(接してたではなく)あの人が,今はもうなんにもなかった顔で目の前に現れ,過ぎて行く。これが現実。そしてそれを受け入れる決心をしたのに…

つらい


まだ時間がかかるのだろうけど,ワタシから笑顔でなにごともなく接することが出来なければ,本当の意味で思いやりをもつことなど出来ない。見返り,リアクションを求めてはいけない。

そう思う。。。
どんなにもがいても、どんなにがんばっても全てが 伝わらない・読み取れない それが感情。心の奥底で感じていることはその人のものであって、他人に干渉されるものではない。

付き合うことにおいては、その感情…個人のものに干渉したいという願望が付きまとう。
 『あの人は今会いたいと思っているだろうか?』
 『ワタシのことを考えてくれているのだろうか?』
 『ワタシとあなたの心が共鳴しているのかな?』

そうであればいいと思ってしまう。
でもそれは、ただワタシの願望。

そうワタシの世界における願望にすぎません。

相手はワタシの世界に住んではいない。
相手はあなた自身の世界に住んでいる。

「ワタシの願望を相手に押し付けている限り、
    相手を本当に理解することなんてできない。」

そう学ぶ。

相手の世界をそのまま受け入れる。
わからないことをわからないものとして時には受け入れることが必要。

そうワタシに問い、認識させる。

自分ではどうすることもできない相手を肯定する。
それができて、初めて思いやることができるのではないでしょうか。。。

そして、思いやることを感情に出さない。出してしまえば既にそれは願望であって、思いやりではくなってしまう。相手に理解を望むのであれば、それは相手にわからないものとして受け取ってもらう他ない。伝えないことが誠実。

その誠実をもって関わることが相手に対する愛情でしょう。

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 どんなに愛しているかを話すことができるのは
                  少しも愛していないからである       
                               フランチェスコ・ペトラルカ
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 愛するとはお互いに見つめあうことではなく、
                  一緒に同じ方向を見つめることである 
                         アントワーヌ・ド・サン・テグジュペリ
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この格言を読み、心に響きました。
まさにその通り…と。

もう少し早くこの【言葉】に出会えていれば何か変わっていたかもしれない。

いいえ、そんなことはない。
今の現実を考えているからこそ、この考えを今やっと理解できるのでしょう。

現実を受け入れ、本当の誠実さを持って相手に関わっていこうと思う。
それが相手の幸せであり、幸せになってもらうことがワタシの望みであるのだがら。。。