カシカ歌詞考察

カシカ歌詞考察

歌詞を語る

米津玄師の烏への思いを書いておきたいなと

 

どういう歌詞世界か。

 

子供の頃に見ていた漫画から、誰かのために生き、守り、救うことが大切という価値観を学んだ主人公

幼い頃はそうありたいと思っても力不足だった

いまは大人になり願うだけ強くなったが、かえって不安を感じる

 

ここまでが、現状を説明する大筋の前提。

 

誰かのために生きたいと思っても力不足だった自分

誰かのために生きる力を得た自分

力を振るったがうまくいったりいかなかったり

いつしか能力や行動は責任となり、誰かのために生きなければならなくなった自分

 

このような推移が想像されます

誰かのために生きることの重圧に耐えながら力を振るう毎日に、主人公は葛藤し苦しんでいます

そうありたいと思っていたはずなのに苦しい!

どうしてこうなった?

 

そしてサビとなります

 

>今だけは誰の声も聞こえない場所へ行こう

 

主人公は、今だけは、その責任や、思い込んだ価値観から離れることを決心します

「今だけは」です。「今だけは」が重要です。

いまの居場所にいないとならないことはわかってる

だけど苦しい

だから、今だけは。

 

要するに、砕けた言い方にしてしまえば、ちょっと息抜きしようと思う という話にもとれます

テーマとしては、往年の「翼をください」にも近いかもしれません

しかし、どういう葛藤を抱えてそういう思いに至るかというストーリーが解像度高く描かれていることと、逃避で終わるのではなく戻る前提であるのが「烏」の特徴です

 

サビの最後は

 

>辿り直していく

 

という表現になっています。

つまり、なんとなくヒロイックな飛翔の雰囲気をまとわせていますが、未知の世界に羽ばたくという話ではないです

むしろ既知の、おそらくは自分が通った道を、辿り直しに行く、というストーリーになっています

 

次の2番冒頭は懐かしいものの懐古になっています

ここから考えて、この辿り直しは、今まで自分が通った道を遡行して過去の自分を再確認するということだと考えます

 

ここから2番

 

>古いカセットに直書きされていた名前

 

かつてのヒーローの名が消えかけている

ヒーローに憧れたあの日の自分の思いのように

 

いろんな人がいろんな人生を歩んだ

でも、自分にはどうしようもなかった

ヒーローであったとしても全員は救えない

漫画にはいいところしか書かれていなかった

 

そして落ちサビへ

 

>子供のころに見た漫画の世界から
>誰かの為に生きることを教わった
>上手く言えないけど僕が生まれたのは
>誰かの為じゃなかったんだ

この曲の主題がここにあります。
誰かの為に生きること、というのは、誰かにとって都合のいい価値観の刷り込み。
漫画の主人公がかっこいいヒーローに思えるのは、作家の技量であり、そうあることがかっこいいから、ではない。
人がそういう心持ちであると、支配者にとっては都合がいい。
「わたしのために生きてくれるあなたは最高にかっこいいよ!」
それを正当化するストーリーは各方面に歓迎される。


当たり前のことや本来のありさまはわざわざ漫画に書く必要がない
ついに、僕は誰かのために生まれたわけではない、という、言ってしまえば当たり前のことを悟り、世界に仕組まれた偽りのナラティブを打ち破る。

つまり、嘘だからフィクションとして書かれてるんだよ。という、ある意味身も蓋もない話。
それが歌というフィクションの中であけすけに書かれている。
「上手く言えないけど」
韜晦するフェイントからの正論ゴールを決めてしまう、米津玄師。
なんなら創作者にとってはオウンゴールであるかもしれないのに、正しいことを言ってしまう。

これって、ワールドカップサッカーのテーマ曲ですが、ワールドカップサッカー的世界観の根本的否定になっています。
友情・団結・自己犠牲・勝利みたいな世界観を嫌っているであろう米津玄師がよくこの仕事を請けたな、と思っていました。
実は、否定するため、さらに言うなら復讐するため、なのかもしれない。
NHKも、とやかく言わず採用したのは度量が大きいし、とにかく米津玄師のメッセージの伝え方がうまい。

米津玄師の目線は、脚光があたるほうには向いていない。
人知れず苦しんでいる優しすぎる誰かの痛みに寄り添おうとしている。
それが、次の最高のフレーズにつながります。

>紙吹雪を散らそうあの空席を目掛けて

空席を祝福しています
そこにいられなかった誰かのことを

それは、怪我で試合に出られなくなった選手かもしれない
急な事情で来れなくなった観客かもしれない
烏になってどこかに行った誰かかもしれない

いたくてもいられなかった、あるいはいないことを選んだ、あなたの不在に寄り添いたい
誰も気づかない不在のあなたを祝福したい

この視点・視線よ。
ワールドカップサッカーからこの視点が導き出されることのすごさを表現する言葉がない。

米津玄師は案件の仕事で、しばしば正直に案件の価値観を否定してしまう
それは結構嫌な感じが出てしまうこともあり、なんでわざわざここでそれを言うんだよ、みたいなこともあったと思う

でも今回の烏は、本音と絶妙に折り合いをつけて、見事なバランスに昇華しつつ、核心のメッセージを伝えている

「上手く言えないけど」って、いやいやいやいや。
これ以上上手く言う方法はないでしょう。

米津玄師さん、またひとつ神曲をありがとうございました。

引用歌詞:米津玄師 烏