サッカーに詳しいわけではないものの、日本の代表チームが戦う国際試合に関してはそれなりに注目し、時には文章を書きもした。が、あるニュースを境にして全く書かなくなった。いや、書けなくなった。
そのニュースというのは、そう、「ナカタ引退」。
そんなに詳しくないとはいえ、日本代表チームにおけるナカタの存在感は別格だったと僕も思う。彼なくしてサッカー日本代表は語れないはずだ。引っ張ってきたのはまぎれもなくナカタだ。彼が「何故引退したのかについて」触れるつもりはない。それをどうこう言ってもはじまらない。が、ナカタが去ってからというもの、日本代表に対する興味は急速に衰えてしまった。いわば「ナカタショック」だ。どこが相手だろうと、ナカタなしでは勝てないだろうと考えてしまうのだ。たとえ勝ったとしても、格下だったんだろう?と思い、負けたり引き分けたりすると、やっぱりナカタなしではと思う。試合を見もせずに結果だけ眺めてそんな風に考えるのだから、これは選手に対して甚だ失礼だし、とんでもない話だ。
そうして時間が経つにつれて、ナカタがいない代表チームに慣れ、ナカタのまぼろしを思い浮かべたところで意味が無い事を自覚するようになった。ジーコが去り、オシムが就任して代表チームにも様々な変化が訪れた。
「ナカタ以後」、に代表チームを引っ張るのは誰だろうと考えた。が、すぐには名前が浮かばなかった。中村俊輔にしろ、高原にしろ、まだリーダーたる力には及ばないと思っていた。そして、ナカタに代わるユーティリティプレイヤーがいない事を思ったとき、とすれば、勝つ為にはそれぞれが自分の力を存分に発揮し、個々の選手がもうひと伸びする他なさそうだと考えた。そうして、先のオーストラリア戦(における勝利)において、それが結実したんではないかと僕には思えた。そこで得たものは、ナカタが去った直後に問うた「じゃぁ誰が引っ張るのだ?」ではなかった。チームの核に頼るのでなく、個々人がもうひとつレベルを上げて力を結集し、全員で戦うサッカーではなかったか?
ナカタがいた時は、良くも悪くもナカタだった気がする。攻撃にしろ、防御にしろ、ナカタがゲームを組み立てた。彼は常に別格の存在であり、ナカタなしにはボールを動かす事もままならない状況が出来ていたのではないだろうか?ナカタ本人は決してそう思ってはいなかったと思うが、彼の存在の大きさが逆に足かせになってしまった面もあるかもしれない。ナカタが去った直後、チームはやや平衡感覚を失い、目の前のもやを払いきれないまま戦っていたが、オシムの突き放した指導の甲斐もあり、選手達は徐々に力を漲らせるようになってきたと感じる。
そうして、それが実を結んだのが、オーストラリア戦における勝利なのだ。
この一戦は、何にも増して落とせない、落としてはいけない試合だった。それはいうまでもなく、「あの時はナカタがいたから」だ。あの敗戦がナカタに及ぼした影響がどういうものなのか僕にはわからないし、ワールドカップ予選の結果に関わらず、彼は引退を決めていたらしいが、でも、その本当のところは誰にもわからない。わからないが、彼が引退という最終決断に至る過程において、あの3失点しての屈辱の敗北は小さなファクターでは決してなかったはずだ。何がしかの影響はあったはずだ。
だから、ナカタなき代表チームにとって、その因縁の相手に負ける事は絶対に許されるものではなかった。もし再び負けるようなら、「あの日から全く進歩していないと」感じるだろうし、勝って初めて「ナカタの影を完全に消し去る事ができる」のではないだろうか?そういう意味で、オーストラリア戦は今後の代表チームにとって大きな分岐点だった。全員がワンランク上で戦い、その力を結集して勝利する全員サッカーの誕生だと僕は思う。
今、そのオーストラリアを下して代表チームはサウジアラビアと激突する。
高原も中村も、海外チームでの経験が充分に発揮されていて、明らかにナカタと共にあった時期よりレベルアップしている。中澤を始めとした防御も力強く機能している。僕は未だに、中東のチームと戦うのに何でアジアカップなんだ?と感じているが、それはそれとして、優勝まであとふたつ、しっかり結果を出して欲しいものだ。
今調べてみたら、日本代表について書いた前回の記事は、なんと2006年3月1日。あれから1年と4ヶ月経っていた。ナカタがまだ頑張っていたW杯前のテストマッチで対ボスニア戦でした。終了間際の後半ロスタイムにずどんとナカタが同点ゴールを決めてチームを救ってくれたのでした。
前回書いたサッカーの話題:まぁお暇だったら読んでみて