きのう、久しぶりに更新したらレッドムーンさんに励まされ、調子に乗って書いていますが。それがなにか?
ブログを始めた時から折に触れて気になっていたことがあります。
公序良俗に反しない限りは自由に書いてよいということで、僕は勝手気ままに書いており、まぁ書くからには何かしら見た人から支持されるものを書こうと思ってやってきました。
感動した!という類のものを書くときはそれほど問題にはなりません。自分もそうだ!と思う人は賛同してくれるし、興味がない人なら特に何の反応も返さないでしょう。また、自分の体験の場合も同じ。感心する人がいたり、別に?と感じる人がいたりで、それで終わりです。ほぼ完結します。
ですが、世の中の物事に対して「それはいかんだろう!?」という話題を取り上げる場合には注意が必要です。表面的には「いかん」ことであっても、「それがどの程度いかんのか
?」や「なぜそのような事になったのか?」をほったらかしのままではその批判は姿勢を問われる懸念があるからです。批判を批判されかねません。
ヨハネの福音書に、「あなたたちの中で、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」というキリストの言葉があるそうです。その言葉を受けて、それを聞いていた人々は一人、また一人と立ち去ったのだとか。
これが、僕が気になっていたことです。
たとえばライブドア裁判について。
たとえば光熱水費問題について。
たとえば西武の裏金問題。
その問題に関連して、自分が「どこまで知っているのか」や「どの立場にあるのか」を棚上げにして追及するというのは感心できません。多くは全くの第三者ですから、関連知識を武装した上での話であるべきということになりますが。従って、僕がこの手の話題を取り上げたくなる時は結構大変です。ある水準の勉強をしないと書けないのです。問題が大きい場合は、それをどの段階で、どういう視点で書くのかも大事で、溢れかえる情報からの取捨選択も相当に必要です。
僕が、より完璧を求め過ぎるのでしょうけど、従ってこの手の話題を近頃はあまり取り上げようと思わなくなりました。
取り上げずらいという意味でわかりやすい例を挙げると、飲酒事故に関連する怒りですね。未来のある子供たちや、何ら罪のない市井の人々が突然に命を奪われるのはとてもつらいです。危険運転致死傷罪の適用云々についてもそうです。しかし、僕はお酒を供している店の主人です。来店客が当たり前のようにビールを飲んで、涼しい顔で車に乗って帰るケースは正直言ってままあります。各人の判断でそうしているようですが、それを指摘すればうちは客を失う事になりかねず、黙認する事も時にはあります。地方の景気は未だに冷え込んでおり、売上げはなかなか伸びず、とうとうランチ営業を余儀なくされています。夕方からの営業で充分な売上げがあるのならばお昼まで仕事をする必要はないのです。
なるべくなら、批判をせずに済みたいですね。
自分の中から生まれた言葉を紡いで、今後は創作ブログにしましょうか?
ニュースをチェックするのや関連サイトをうろつくのは結構時間を要するものです。自作の物語ならパソコンの前にいなくても頭の中で考えておけるしね?