前回の記事はこれです。


土曜日はそこそこ忙しかったせいもあって、日曜の朝八時から電話で呼び出されたのには少々弱った。けれども、「先生がお話があるそうなので至急いらして下さい」と言われたら、駆けつけないわけにはいかなかった。家には誰もいなくて、やはり僕一人で出かけた。


まず、モルヒネを打ちますと言う事を医師は言った。前回、尿の量が減っているという話をされたが、いわゆる「ショック尿量」という状態になっているという事だった。人は1時間に20ccの小便をするらしい。1日で約480だから、まぁ5リットルだ。その量が生命が危機にさらされる場合の目安になるそうで、普通の人がその量しか出ないという事はまずない。つまり、もうこの人は長くないなという状態になると尿の量が極端に減って行って、その500を切ると危ない、と。父が入院してからというもの、その尿量は減り続けており、既に500を切ってなお減少傾向が消えないと言う。

「その・・・排出されない尿はどこに行ってるんですか?」

「えぇ。それなんです。減少傾向が見られて以降、点滴を減らしたりとか、水分が身体に入らないよう出来るだけ気をつけてるんですが・・・。身体から出ない尿はですね・・・結局はお腹に溜まっていってるんですよ。これがどんどん進んで行くと、要は溺れているような状況になります。」

その尿を外科的に「抜く」事が可能かを聞くと、それは「ショック死」を招く危険が伴い、今の弱った父の身体を見ると、それも難しいと言う。従って、今後は出来る限り(つまり死なない程度に)水分の摂取量を減らしていき、注意深く観察を続ける以外にない。患者本人は溺れている状況に近い苦しみを感じているはずで、それを和らげる為にモルヒネを投与すると言う。

父の腎臓はほとんどまともに機能しておらず、その尿は身体から出ていかなくなっていた。いよいよだ。


病室に行くと、父はぼうっと天井を見上げていた。あぁ起きてるなと思ったのも束の間で、その目の焦点が定まっていない事に気付く。どうやら目が覚めはしたものの、おそらくモルヒネのせいか頭がぼうっとするらしい。

枕もとまで歩み寄って「・・・おはよう。・・・どがんね?」と声をかけると、父は「・・・あぁ、来たか」と答えた。

やや間があり、「・・・おまえひとりか?」

「うん、ひとりで来たよ」

「どうも・・・ぽわんとするとは薬のせいじゃろか?・・・く・・・薬ば替えるごと・・・先生に言うとけ」

言いながら、父の目はゆっくりと閉じたり開いたりを緩慢に繰り返していて、やはり薬の影響が全身に及んでいるように見えた。

「痛みはなかね?」

「・・・うん、なか」

「ご飯は食べたね?」

「・・・いらん」

父の手を握ってみた。温かみのある、しかしごつごつとしわだらけの手。子供の頃には、確かたくましさと大きな包容力を感じた筈だが、今は小さく感じた。

「店は行かんとか?」

朝っぱらから店の心配をする父には、僕が出かけていて留守の方がむしろ安心できると見える。「俺の心配をするヒマがあったら店で仕事をしろ」という事のようだ。

「たぶん、明日はお母さんも一緒に来るけん」

「・・・うん、そうか」

父はうんうんとうなづき、安堵したかのようにゆっくりと目を閉じた。

それが、父との最期のやりとりになった。


たぶん、次回が最後です。