■戦評■北京五輪アジア二次予選 シリア-日本
■シリア0-2日本
■短評
ガンバレニッポンファイト!という掛け声くらいしかほとんど記憶に残ってないので、短めに。
とりあえず水野のミドルで先制して、あとは個人技で押し切ったのだが、相変わらず連携は即興気味だし、ラインは深いし、前の試合と比べても特に成熟しているわけでもない。
また、暑さが祟ったのかペースダウンが早く、後半には望ましくない打ち合いの状況に持ち込まれ、いわゆる各の違いを見せることはできなかった。
詳しい内容はここ
とかここ
とかで確認してください。俺も概ね同意。
ガゼッタさんの言うように、要するに「しょっぱい」。
で、個人技でははるかに凌駕している相手に「しょっぱい」試合をしてしまう理由について考えたんだけど、どうもうまくつながらない。
一緒にこなしている試合数は多い。消化できないほどの前衛的な戦術をとっているわけでもない。選手の能力が低いわけでもない。
はて、何がいけないんだろうか。風水か。方角か。はたまた日露戦争で死んだ曽祖父の霊か。
この不可解な不等式を解く鍵は冒頭の「ガンバレニッポンファイト」にあるのかもしれない。
と、まあ別に気合が足りないとかそういうことを言いたいわけでもない。
そういえば、現地シリアのスタジアムはアウェイだったが、特に日本に対するブーイングもなく、かと言って自国の代表を応援しようというのでもなかった。
異常に静かだったのだ。
どらくらい静かかと言うと、日本人会の子どもたち(?)が声を張り上げて応援してるのがはっきりと聞き取れるくらいだった。
もちろん、日本チームのスタッフの声も、誰が喋ったのかもはっきりとわかる(あの反町さんの怒号!)。
要するに、総音量が少ないため、スタジアムの声が認識可能な状態だった。
なんとなく、前のワールドカップ予選の無観客試合を思い出した。
しかし、その静かな環境でも、ほとんど聞こえなかったものがある。
日本選手の声だ。
ミスをした選手を怒鳴りつけたり、相手のプレーに怒ったり、そういった大声はほとんど聞くことができなかった。
プレーが切れたときに打合せをする様子さえ稀だった。
彼らは作業のように淡々と試合をこなしていた。
まるでパンを切るように、肉を捌くように、あるいは中年夫婦のセックスのように音もなく。
別に常に大声を張り上げろというわけではない。某ライターの言うように「鬼軍曹」が必要だとも思わない。
しかし、時には声を張り上げる必要もあるだろう。サッカーというスポーツは高いコミュニケーション能力を必要とするスポーツなのだ。
そして、試合というのはトレーニングの反復練習ではない。
時間とともに千変万化する試合の流れの間に、「何が必要で」、「何がダメで」、「どうすればいいのか」といったことを認識し、味方に伝えなければならない。
そのためには、試合中の「話し合い」「声かけ」というのが非常に初歩的だが、重要な手段になる。
うまくいってるのなら、黙っててもいいだろう。だが、昨日は明らかに悪い時間帯も多かった。
しかし、その間、彼らは一貫して沈黙し続けた。
結果的には勝ったのだが、これではチームの成熟なんか進むわけがない。
もしかしたら、声を出す、っていう行為を精神論と結びつけたがるかもしれない。
そりゃ、無意味な声出しなんてのは論外。「ディーフェンス!ディーフェンス!」なんて愚の骨頂。
でも、本当の声出しは違うんだよね。それは立派な個人戦術・集団戦術の基礎。
アイコンタクトの微妙なニュアンスも必要だけれど、女を落とすには言葉に出して言う求愛も必要だってこと。
もし、声出しそもそもが出来ないってことであれば、いいボイストレーニングの(以下略)
■picture of player シリアのGK
国立で見たときもそうだったんだけど、この人の時間稼ぎはすごい。開始1分から時間浪費。負けててものったりおっとり。怪我のふりもしてみたりする。とにかく遅い。超マリーシア。もはやその時間稼ぎは芸術の域に達していて、中東の様式美。しっかし、臆面もなくこういうことやれちゃうキーパーがこの年代にいるんだから、深いよなあ、中東。