今日は読書の日曜日。

 

読みかけの本、読み終わった本を気分でパラパラめくっていると、今の自分に語りかけるような一説に出会う事が多々あります。

 

そんな時にミヒャエル・エンデのこんな言葉を思い出します。

 

『数人の人がおなじ本を読んでいるとき、読まれているのは、ほんとうにおなじ本でしょうか?』

 

同じ本でも、読み手が違えば別の作品になるという事です。

 

『あなたが人生の岐路で悩んでいるとき、ちょうどぴったりの瞬間に、ちょうどぴったりの本を手にとり、ちょうどぴったりの箇所をあけ、ちょうどぴったりの答えをみつけるならば、あなたはそれを偶然だと思いますか?』

 

これはスピリチュアルな話ではないし、引き寄せの類でもありません、決して。

 

私たちが様々な形で本に出会う時、そこに書かれた物語から、その人に応じた多様な問いかけを受け止めながら成長します。

そこから、その人なりの答えを見つけて道が開ける事もあるし、そうじゃない時もある。

 

大事なのは、この本の言いたい事はこれだ、と決めつけてはいけないという事だと思います。本を開き出会った言葉に素直に向き合い、作者が何を言わんとしているのか、自分がどう感じているかに注意を向けることが大事だと思います。

 

最近は、1冊の本を簡単に理解させようとするものが多過ぎると感じています。

教養が身につく、とか世界の名作何十冊を薄い1冊にまとめた物とか。

 

本を読むとは、その内容を陳腐な決まり文句に置き換える事じゃなくて、もっと豊かな経験だと思います。

同じページに書かれた作者の言葉も、読み手や読んだ時の状況で全く違う世界を見せてくれるし、そういった経験は私たちの感性を豊かにし、世界を広げます。

そして世界が広がるほど、自由になると思っています。

 

 

私の世界はまだまだ狭く、自由からも遠く離れています。

 

死ぬまでにどれだけの本に出会えるか分かりませんが、気の向くまま様々な作品を手に取ろうと思っています。