これまでのストーリー
大人になっても眠る事は改まらず、教会や葬式で眠って恥をかいてきた。
四十代の頃だったが、日本に帰国して立ち寄った学生時代の友人S君の家に泊まるつもりだったが、その日は母堂の法事で親族が大勢集まっていた。
「出なくていい」
と言われたが、丁度その日に訪ねて行ったので出席した。
「飛行機でまともに眠ってないので、始まったら眠くなるかもしれない」
と言っておいて、最後列に座らせてもらった。
みんな行儀良く正座の人が多いのに、私は始めからあぐらで座布団に座っていた。
坊さんのお経というのは、どういう訳か眠たくなる。
始めは目を瞑って聞いていたが、いつの間にか本当に眠ってしまった。
眠っちゃいけないと思い、背筋を伸ばして目を開けようとしたが、一分と続かない。
そのまんま畳の上にごろんと転がった。
その日のために新しく張り替えた畳の香りが、久々に帰国しま私には懐かしい。
起きあがろうと思ったが、起き上がれない。
そのまんま座布団を枕に眠った。
その後は覚えていない。
彼の話だと、ものすごいイビキで、坊さんがお経を止めて、イビキをかく私の方を睨みつけたらしい。
夫人が夏布団をかけてくれたのも覚えていない。
三時間くらい、ぐっすり眠っただろうか。
目が覚めたとき、来客が酒盛りを始めていた。
「あぁ、お目覚めですか」
と、夫人から声がかかったが、くすくすと笑った。
「ごめん、寝ちまって、どうも失礼しました」
「いやぁ、法事なんて退屈なもんだけど、この度は退屈せずに済みました」
そう言ったのはS君の弟だった。
「九州の方だそうですね」
「えぇ、はぁ」
「さすが九州男児だ」
「いや、大変失礼いたしました」
二人っきりのとき、S君は言った。
「お前には参ったよ」
「すまん」
「いや、俺が悪いんだ。夕べ寝てないんだろ」
「うん」
「二階に寝ててもらえば良かったんだよ」
二階の客間は普段使ってないそうだ。
目の前に富士山が、未だ雪を残し輝いている。
「富士が目の前なんだな」
しばらく下宿時代の話に花が咲いた。
そのS君も七十代の始めに、脳出血で亡くなってしまった。
もう会いたくても会えない。
完