とらふぐの雌の卵巣には猛毒があって、食べれば死ぬ。


今では、ふぐ調理師の免許がないと人に食べさせられないが、私の生まれ育った門司は、ふぐ料理が名物で、子どもの頃から家庭料理として多くの人が食べていた。


私の家族は、私の料理したとらふぐには絶対に手を付けない。


それは、子どもの時から乱暴で雑な私の性格にも関わっているのだが、その雑な私も自分の命は惜しいので、とらふぐを料理する時は普通の魚の様に雑に料理はしない。


刺身にする時、紙のように薄切りにして赤い牡丹の花の皿に盛り付けると、花が刺身を透き通して、刺身も皿も美しく見える。


子どもの頃から、そうして食べていた。


薄切りは、時間がかかる。


次は、ちり鍋だが、ふぐちりの事を鉄ちりと言う。


その鉄は鉄砲の鉄で、当たれば死ぬという意味だから、命を大切にする人は怖がる。


少年時代の友達は誰一人、私のふぐ料理を拒否する者はいなかったが、大学時代の友達は、誰一人私が料理したふぐは食べない。


家族も友達も食べないから、私一人でたらふく食べられたので、ありがたい話だった。


父は私と違って石橋を叩いて渡る人間だから、私の性格を知っているので、絶対に食べない。


父は、ふぐを料理をして食べる私に


「お前は蛮勇がある」

と、言っていた。


「勇気は、人の為、世のために使ってこそ意義があるが、ふぐや蛇を食べる私のような者の勇気は、蛮勇であって人に笑われる」

と、けなすのだ。


私にしてみると、臆病な父のやっかみだと思っている。


子どもも家内も、私の料理したふぐは食べる。


子どもは知らないから食べるのだが、家内は美味しいことを知っているので食べる。


アメリカのふぐはクサフグで、日本で言う、くさふぐ、彼岸ふぐ、名古屋ふぐという名前で呼ばれているものだ。


とらふぐ程ではないが、人が死ぬ程の毒を持っている。


このふぐは、なまこに卵を産みつけるので、北九州では彼岸過ぎると、なまこを食べない。


これは春の彼岸である。


ふぐの毒は、煮ても焼いても消えない。


人生は蛮勇でふぐを食い、蛇を食い、森のきのこを食べ、野草を食べて、七十五年も生きてきた。


命は尽きる時が寿命だから、死なない奴は生き続ける。


親しい友を失った私は、憎まれっ子世にはばかると言うのだろう。