これまでのストーリー

多摩川には、川崎競馬場と川崎競輪場がある。

することがなかったら、そこで遊ぶ。

面倒なときは、イトーヨーカドーの時間外に割引きされた弁当もある。

のどかな日は、釣り糸を垂れて、今の生活を書いた。

アメリカの友達も、私が日本でホームレスをしていることは知らない。

80才で、そういう事が出来るとは思ってない。

だが、目が覚めると潮の香り、魚や手長海老を採って料理して食べる。

窓の外には、よしきりの声、干潟を這うシオマネキ、日本の自然の全てがそこにあって、しばらく山の中で生活した私には、死ぬ前に命の選択をさせてもらっている心境だ。

あさりを掘る時、ごかいも出てきて、それで餌も手に入る。

無理はしない。

自分が食べる分位いくらでもないが、今日は潮干狩り、今日は魚釣り、釣れなくてもその雰囲気で満足だ。

多田さんとも毎日は会わない。

私が求めていたのはホームレスよりも、その海との関わりだった。

東京湾に人は多いが、どこに貝があるか分からない。

それよりも、都会の人は汚れるのを嫌う。

心臓の手術の回復が良く、息苦しさはない。

だから80になって娘たちから離れても、何も心配しない。

釣り、潮干狩り、潮の香り、川面を渡る風、どれも心地良い。

私はホームレスだが、そんな気はしない。

船の中で寝泊まりして、住所がない位だ。

河原の近くに銭湯がある。

1日おきに入って、さっぱりした。

私には、ネットカフェの千五百円は不要だし、牛丼を買って食べる必要もない。

私の食生活は豊かだ。

毎日貝が食べられ、魚が食べられれば幸せだ。

これまで山の中に住んで、魚が手に入らなかった。

だが、今では鹿の肉は手に入らないが、魚は手に入る。

雑魚でもご馳走だった。

春、多摩川には、浜大根が育つ。

その若芽を摘んで、味噌汁に入れて食べる。

私は、一銭も使わない日を、カレンダーに付けている。

そうして、ガソリン代や米代のかかった日も付けている。

計算してみると、いくらも金を使っていない。

10日前に引き出した2万円の金が、1万円以上残っていた。

だから、宿泊費を入れて、1日千円弱で済んだ事になる。

それよりも、最大の喜びは毎日海と接することが出来る事だ。

やはり自然を知っていると色々と節約出来る。

ある時はタンポポを摘み、かたばみを摘んだ。

菜の花のおひたしと味噌和えも作った。

多めに作ったので、多田さんにも持って行った。

暖かくなり始めて腐り易くなったので、食べ物には気を付ける。

船はペンキが落ちてみすぼらしいのだか、それがかえってホームレスの船みたいでいい。

昔の伝馬舟は水漏れが多かったが、今度の船は雨水が溜まる位だ。

いい暮らしをする為には、いい器が必要だった。

ノリタケでなくてもいいが、こざっぱりした器が欲しい。

テーブルに菜の花を飾って、船の中が明るくなった。

私は年金の半分を使うつもりで、旅費やアメリカでの生活に半分は残したかった。

秋になると、たくさんの人に荷物を送る。

その郵送料、柿の郵送料が必要だ。

ホームレス生活は、快適だった。

友達に、貝の佃煮を送る余裕もあった。

住所がないので、電話で話すようにしている。

川の水も海水も汚れているが、飲むつもりはない。

娘には、月に一度電話している。

数ヶ月前まで手術で死にかけていたので、心配しているからだ。
                つづく