あばら家の住人は、私1人ではない。
すきま風も虫たちも、蛇もネズミも、出入りが自由だ。
私は行儀が悪く、机の上で色々なものを食べる。
食事には蟻も興味を示さないが、私に似て甘いものが好きだ。
久々にテーブルの上を片付けて原稿用紙を広げると、早速、蟻がやって来る。
蟻だって大きさが色々ある。
2ミリほどの小さい蟻から、4ミリ、6ミリ、1センチまであり、6ミリの蟻には紅い蟻もある。
何も書いていない原稿用紙の上を、まるで自分のもののように歩く。
初めに来る蟻は偵察にやって来て、携帯電話で仲間と連絡を取りながら、触角を動かして歩く。
目的というのか、目標が決まってないので、歩きは遅い。
ある時、いきなり方向をかえたりすると、そこに携帯電話があるとしか思えない。
私の食べ残しのケーキがあると、数分のうちに無数の蟻がやって来て、巣に運び始める。
ケーキの食べ残しも、2ミリの蟻には大きな荷物だ。
力を合わせて皿から机の上に落とし、机から床に落として運んで行く。
他の蟻も、残りのかけらにとりついて運ぶ。
それをじっと眺める蟻は、一匹もいない。
私1人が眺めている。
テーブルの上に外から入って来た蟻が、電灯の熱で死んで転がっている。
何も甘いものがないと、その死骸を運び始める。
その仕事ぶりを感心して見つめている。
そこまでは許す。
机に上がって来る方法はいくつかある。
机の脚から登って来る方法と、私の体を使って登って来る…
その時、足下から膝、太もも、腹を登る時、ベルトのところに関所がある。
ベルトの下をくぐる時、私が呼吸をすると蟻を締め付ける。
蟻は怒って、噛み付く。
それは蜂に刺されるほどの痛みがある。
痛みの後に痒みも残る。
腹のあたりは、かきむしった傷跡がなくならない。
それから、ベッドにころがしていたゲータレードが漏れて、そこに蟻が集まり始めた。
体中に蟻が這うので、眠れない。
シーツを数百匹の蟻と一緒に洗濯機に放り込んで、新しいシーツにしたが、蟻はいなくならない。
シーツをはがしてみると、ベッドに真っ黒になるほどの蟻だ。
腹が立ったので、ダブルベッドのマットレスを2階の窓から下に落とし、灯油をかけて燃やしてしまった。
ボックススプリングに直接寝たが、寝心地が悪い。
仕方なく蟻の毒を放置した。
そうなるとコーヒーも飲めない。
コーヒーに砂糖を使う私は、コーヒーカップの中まで蟻が侵入して来る。
毒のない蟻の時には、平気で蟻も一緒に飲み込んでいた。
チョコレートだって、ありと一緒に食べていた。
蟻の味は、塩辛い。
噛み潰した時に、その味が分かる。
動物が蟻を食べて生きているのだから、いくらかの栄養分はある。
勇気のある蟻がいて、舌に噛み付く時がある。
舌は丈夫で、それくらいでは平気だ。
毒の中にヒ素が入っていて、口の中に入れたくない。
数日、娘の家に移って生活する。
1週間して帰ってみると、1匹もいなくなっている。
人間も、蟻の毒を大量に口に入れれば死ぬ。
しばらくは行儀良くして、机の上で何も食べずにきれいにしている。
こうして、冬まで甘いものが食べられない生活が続く。
虫好きな私も、蟻には困っている。