ビルが亡くなったと言う電話がかかったのは、冬の夜が明けたばかりの7時だった。
電話で泣きじゃくりながら話す、ジェーンの言葉が途切れとぎれになる。
前の晩、冗談を言って別れたのが嘘のようなのだ。
遺体は検死中で、病院だから会えない。
「ヒロ、ポールベアお願いするわ。いいでしょう」
「いいけど、親族がいるでしょう」
「親族よりも、ビルは貴方にやっていただきたいのよ。いいでしょう」
困ったが断れなかった。
ポールベアと言う言葉、日本人には馴染みがないだろうが、棺を運ぶ係で、近い肉親や親しい友達の役目なのだ。
8人で持つのだが、重い棺桶もある。
中には手を添えてるだけで持たない人もいて、重みが私のところにかかってくる。
それで50メートルも離れていると疲れる。
ビルの死は心臓マヒだった。
葬儀屋が背広を着せて薄化粧をするので、生前より若々しく見える。
50半ばというのに、あっけない命だった。
私の親しい友人には、不良が多い。
そういう男たちが、夫人に愛されている場合も多い。
以前、酔っ払ったビルを送って行った時、ジェーンが話してくれた。
「こんな人だけど、本当は優しいのよ。新婚の頃、私が高熱でうなされてたら、裏の池の氷を割って熱を下げてくれたの。街まで行ってたら大変なことになるってね」
そう言うと、ビルは照れ笑いをしていた。
新車を買って喜ばせたこともある。
酔っ払って帰って叩き出され、ドッグハウスで寝たことも1度や2度ではない。
このドッグハウスだが、犬小屋ではなく、叩き出された夫の仮の宿だ。
物置や車の中、馬小屋と人によって違いがある。
ポールベアは棺の前の席だから、ビルが目の前にいる。
上を向いて手を組んでいるが、眠っているようで、今にも目を覚まして起き上がりそうだ。
牧師の説教は聞かずに、前の晩の彼との会話のやり取りを思い出していた。
彼の故郷はテネシーである。
カントリーミュージックの盛んな土地だ。
アパラチア山脈の彼の実家に、数日後、一緒に行く約束をしていた。
彼の母親のパットに、車をプレゼントするためだった。
中古車だが高級車で、私がトラックで一緒に行き、彼を乗せて帰るという話だった。
その車はどうするのだろうと考えたりしていると、牧師の説教は終わって、ポールベア8人で棺を霊柩車まで運び込み、墓へと向かった。
郡警察の車が誘導して、参加者の車が続く。
数十台の車が離れずに連なって、赤信号でも交差点を通り抜けて墓地まで行く。
墓穴は既に掘られていて、ビルとの別れになる。
泣きじゃくりながらジェーンがビルに縋り付き、遺品を棺の中に納めている。
私に腕時計を入れてくれと言う。
実際に腕にはめようと思って手に触れると、冬ということも死体ということもあってか、氷のように冷たかった。
包んでいる両手の内側に置いた。
時計の針は動いていて、3時12分だった。
この時計は、いつまで回り続けるのだろう。
ふとそんなことを考えていた。
アスファルトの石棺に入れて封印すると、もう会えない。
穴の底に棺を下ろすと、ポールベア達がシャベルで土をかけた。
それは始めだけで、残りは葬儀屋がしてくれる。
早くそこを離れたかった。
ジェーンが駆け寄って来て、私を抱きしめ泣きじゃくりながら、
「ありがとう。きっとビル喜んでるわ」と、言ったが、早く立ち去りたい。
車の中から見た冬の空は、澄みきって青かった。
また一人、私は親しい友を失ったのだ。

