私に鳥を教えてくれたのは、安田のおじさんだ。

この人は色々なことを知っていて、それを皆わたしに伝授してくれた。

小鳥だけでなく、虫のことも教えてくれた。

元気なおじさんだが、風邪をひいて寝込んで唸っていた。

「おじさん、どうしたん」

「風邪よ、うつるけ近寄らなんほうがええ。頼みがあるんじゃが、ミミズ掘って来てくれんか」

「何匹ぐらい?どんなミミズでもええんね」

「飲むんじゃけ、ドブのミミズより、山ミミズがええね。大きい奴でもええ」

私は山の枯葉の吹きだまりで、24匹の山ミミズを掘った。体長10センチ位ある。

「おじさん、これでええんね」

「おっ、もう掘って来たくれたんか。ありがとう。ええミミズじゃ。母ちゃん、洗面器に水入れて持ってきてくれ」

おじさんはミミズを水で洗って、3匹生きているまま飲み込んだ。

「これでええ、母ちゃん、新しいシャツとタオルを用意しちょけ」

そう言って、まだ熱にうなされながら布団をかぶった。私も離れて見ている。

何も喋らず20分くらい横になっていると、

「おおう、効き始めた。汗が出る。もうちょっとじゃ」30分して起き上がると、シャツがぐっしょり濡れていた。

手早くそれを着替えて、また横になった。

翌日、おじさんは何事もなかったように起き上がって仕事をしていた。

「もう治ったの、おじさん」

「うん、あんたのミミズのお陰よ。命の恩人じゃ。もう熱はない」


私は元気なくせに、扁桃腺が腫れると40度の高熱が出てうなされる。

現代人というのか、私は愚かなのでミミズの事はすっかり忘れて、アスピリンなどで治そうとしているが治らない。

扁桃腺肥大の症状が出るのも25歳位までで、それから病気にかかる事は少ないと言われていたので、あと数年の辛抱だと手術もせずに我慢していた。

盲腸も扁桃腺も自分のものだから、持っていたいのだ。

大雪が降った日に、私は扁桃腺が腫れて高熱が出た。

その時、日本から女房の母親が来ていた。

「おい、ミミズ掘ってきてくれ」

「こんな大雪にミミズなんか居らんよ」

「あたしが掘ってやる」と、おふくろさんが言い出した。

心当たりがある。

牛糞に枯葉を混ぜて堆肥を作っていた。

何しろノースカロライナにも珍しい大雪で、20センチは積もっている。

日本から来た60歳の母親が掘った。

数匹のミミズが出てきた。

それを飲むと、たちまち汗が体からにじみ出てきて、その夜は悪夢から覚めたようにケロッとしていた。

これだと思ったが、もう遅い。

扁桃腺で悩まされたのは、これが最後で、それから70歳の今日まで一度も扁桃腺が腫れたことがない。

もっと若い頃から、おじさんの教えに従っていれば、熱にうなされることもなかったろうにと、残念でならない。

扁桃腺になると、4、5日飯も喉を通らない。

うどんやラーメンばかり食べることになる。

ミミズの効用、目の前で教えてもらったのに、実行するのに25年もかかったことになる。

                2011年 春