長女夫婦は、忙しすぎて料理をしない。

食べるものは、外食か持ち帰りだ。

私は外食をしない。

いくら貧しくても、自分の家で食べる。

私の料理は幅が広い。

野菜の種類が多いほど、色々なものが出来る。

娘夫婦に料理をしてやると、すっかり気に入られて、死ぬまで一緒に住んでもいいと言われている。

金があってもウマイ料理が食べられない連中は多い。

色々と試してみるが、どれも今ひとつピリッとしない。

若い頃、料理が出来てもどうってことないと思っていたが、この料理が人生に意外に重要なことなのだ。


孫のフットボールチームの打ち上げ会で、料理をしてやった。

当時高校生で、孫が大学を卒業しても尚、「お前のおじいさん、料理してくれないかなぁ」と、孫に聞いてくると言う。4年たっても忘れてないという事だ。

料理は上手下手は別として誰でもするのだが、同じものを作っても違う結果がでる。

いかに材料を生かせたかが大切だ。

とんでもない味にならなければ、成功したことになる。

私は自分でまずいと思うものを、人に食べさせない。
自分がまずいと思うものは、人もそう感じるだろう。


野草が美しく育っているのを見ると、食べたくなる。

雨が、太陽が、肥えた土地が、野草を育てている。

野草だからどんな土地でも育つと思うのは間違いだ。

種が風で飛んでいくタンポポは、新しい土地を目指して旅をする。

種が飛べない物は、鳥や動物が食べて運んでくれる。

最悪でも横に足を伸ばして、新しい土地を求めて移動する。

その自分たちの生き延びる方法を知ってるという事は、植物も頭脳を持っているのだ。 

そうでなければ、種を風で吹き飛ばしたり、動物に食べさせて移動することを考えないだろう。

人間は、自分の子どもを身近に置きたがる人が多いが、植物は逆に、遠く離れて生き延びることを考えている。

その知恵を神が与えたのか、植物自体が持っているのか、とにかくそうして、子孫を残していったのだ。