さて、スコラ高原シェルターです。
神石高原シェルター同様、長屋のような作りで部屋が並んでいます。
ここには保護されたばかりの野良犬も多く、まだ人に慣れていないので、僕たちが部屋を覗くと奥の方で固まって怖がります。
神石高原シェルターと大きく違うのは、こちらでは一部屋に8~10匹の犬が暮らしているということです。
このように不安とストレスを抱えた犬たちを詰め込んでいては、やはり事故の発生を避けることは難しいかもしれません。
大西さんのお話では、スタッフは一部のパートを含め100名、獣医師は毎日どこかに1名はいるようになっているとのことです。
スタッフが週5日働くとして計算すると、1人で35頭の犬の世話をしなければなりません。その中には、老犬や病気の犬、凶暴で手のつけようがないような子もいることを考えると、この数はどうなんでしょうか・・・
ある獣医師の方に伺ったところ、「人の医療のたとえ話として役に立たない診療を揶揄して3分診療といいますが、2500頭に1人の獣医師だと、1頭の犬を6分で見たとしても1時間で10頭 1日8時間で80頭です。2500で割ると31日です。6分で犬を診ることができるかというと無理でしょうから、実際に十分な健康管理は難しいと思います」とのことで、しかもシェルター間が車で1時間もの距離があることを考えると、やはり厳しい数字というしかなさそうです。
また、ピースワンコは不妊去勢手術をしないと言われているので、その点についてもお聞きしたところ、しないのではなく、1匹1匹一番いいタイミングを見計らって行っているとの説明でした。つまり、それぞれオス、メスの特性が現れ、例えば災害救助犬に向いている子は、その特徴が確立してから手術をするということです。
生まれて間もなく、情け容赦なく男でも女でもないようにしてしまうのはとてもかわいそうだし、それが本当にいいことなのか、僕も非常に迷いを感じています。あくまでも人間の都合でそのようにせざるを得ないのであり、買主がしっかりと管理できるのであれば、そんな余計なことはしないに越したことはないでしょう。そういう意味では、ピースワンコの方針には十分に頷けるものがあります。
ただ、これだけ多くの犬について、本当にそのような判断をし、適切なタイミングで不妊去勢ができているのか。
この質問については、「できています」との答えでしたが、本当にそうなのか、疑うのは申し訳ないのですが、やや疑問が残りました。
全体として言えることは、やはりキャパシティーオーバーだということです。
やろうとしていることはもちろん、理念も行動力も素晴らしいと思います。しかし、ご本人たちもこれだけの数は想定していなかったようですし、実際にそこから様々な支障が生じていると考えざるを得ません。
それは、「全頭引取り」というキャッチフレーズが落とし穴になっているのだと思います。
この一言によって、広島県の職員は持ち込まれた犬をどれだけ引き取っても殺処分の恐れはなくなりますから、動物愛護法35条1項但書きの「引取りの拒否」を試みる動機がなくなってしまいます。どんな理由で引き取ってもらいたいのかを問い質し、そんな安易なことでは引き取れないし、責任をもって最後まで面倒を見るよう説得するという重要な役割を放棄してもいいということになります。
さらに言えば、広島なら簡単に引き取ってもらえると考え、他県からの持ち込みが行われる恐れもあるでしょう。
実際に、ピースワンコが引き取っている犬の数は増えているのです。
「全頭引取り」というキャッチフレーズがあるからこそ、ふるさと納税でもお金が集まるということは、もちろんあるでしょう。
だからといって、その看板を下ろさないとしたら本末転倒な結果を招くことになるのです。
ドイツでは保護施設ティアハイムが全国に500か所以上あり、そのうち最大のベルリン・ティアハイムでは、年間1万~1万5000の動物が収容されるとのことです(犬、猫のほか、鳥類、野生動物も含め)。しかし、このうちの90~95%の動物が譲渡されていくというのです。
これに対し、ピースワンコでは約6年間で引き取った犬4453頭のうち、譲渡されたのは1143頭に過ぎません。
日本では、今も犬はペットショップで購入するというのが一般的な考え方で、ドイツとは意識も文化も違うということです。
ピースワンコは、SEKAI NO OWARIなどと連携して国内最大規模の譲渡会を開催するなど、国民の意識改革に大きく貢献してはいますが、まだまだ追い付いてはいないのです。
僕は、ピースワンコを非難したり、敵対視するつもりはなく、本当によく頑張ってくれていると思っているし、その活動を本当にリスペクトしています。問題を抱えているからといって、同じ志を持つ仲間の足を引っ張るようなことがあってはなりません。
また、社会変革のためには一時的な混乱は付き物で、そこから新しい価値観が生まれ、人々に根付いていってこそ、新しい時代を迎えられるのだと思っています。
しかし、今問題となっている対象は命です。そのことをよく考え、その命が混乱の犠牲にならないよう最大限の配慮をしなければ、せっかくの行動の意味が失われてしまいます。それはあまりに残念なことです。
「全頭引取り」の看板を下ろし、まずは自分たちのキャパシティを見極め、その範囲内で丁寧な保護活動を行うよう方針を改めるべきです。殺処分ゼロは、ピースワンコがキャパ以上のものを背負い込んで形の上だけで達成し、喧伝すべきものではありません。自治体や他の愛護団体との協力によるのでなければ、真の‘ゼロ’を実現することはできないのです。
大きな社会変革に向けてさらにその力を発揮できるよう、足元を見つめなおすことから始めてもらうよう切に望みます。
PS. 結局、次の日は台風の影響で飛行機が飛ばなかったんで、川沿いのお気に入りのカフェPonteでのんびりした後、広島風お好み焼きを食べて、東急ハンズのシネマサロンで『判決、ふたつの希望』というパレスチナ難民キャンプを舞台にしたなかなか面白い映画を観るなど、広島を満喫して、翌朝東京に戻りました。