「CBSドキュメント」番組存続要請署名プロジェクト、
私には認識に誤りがありました。

まだその目標の10%しか達していない...と、いうのではなく、
2000人以上の人々のこの番組に対する熱い想いが、その署名に寄せてあるたくさんのコメントから溢れていました。

一人一人じっくり読ませていただきました。
私の何十倍もこの番組を見続けている方々が本当にたくさんおり、そこにはそれぞれの深い思い入れがありました。

私はそれを読んでいてたまらなくなりました。

人の想いを、記憶を、ドラマを読み取りました。

ひとをこんな気持ちにさせる、訴えさせる番組は私達の財産です。

数ではなかったのですね。一つ一つずしんと力がありました。

私はもうこれから批判や中傷を書きません。

ただただ、番組の存続を祈る限りです。

私は諦めません。

http://www.shomei.tv/project-1467.html

sundance.
再び記事を書かなければならない。

その『CBSドキュメント』の存続の署名活動が、
今、行われているようだ。
私からも心から謹んで嘆願する。

以下URLから

http://www.shomei.tv/project-1467.html



…是非とも、皆さんのお力添えを頂きたいことを私からも御願いする。
願わくば、家族、友人らからでも、あらゆる全ての人に署名をして頂きたい。
期日は4月30日なのだ。









そして先程の放送を観ていただけただろうか?



それを観て、あなたは何を感じただろうか?

それを観て、あなたは何を考えただろうか?

それを観て、あなたは今後にそれをどう反映させてゆくのだろうか?








今回の件は、私の以前あった想像以上に、
遥かに重大な事件だと私は考えるに至った。それも実に象徴的な。


それは、この世が、
利潤でしか物事を判断出来なくなってしまっている
それも究極的に、愚かに
の最たる“徴”だと感じ取り、私は最早憤りさえ沸いてくるのだ。



本当に、我々はその価値が解らないのだろうか?


これでもし確実に番組が打ち切りとなり、
地上波では屈指の良質なものが失われることになるとあらば、
我々はその代償が如何に大きかったかを悔やみ、我々の劣悪を恥じるだろう。
概して、日本とはここが余りにお粗末過ぎる。
ああなんと嘆かわしいことか!




もう我慢ならない。




一つの象徴として“テレビ離れ”がまことに顕著になる昨今、
視聴率の低迷やスポンサーとの関係、余りに身勝手な視聴者のエゴ…などの諸事情に因り、
“継続すること”自体が困難となっている現代となったが、
それと呼応するように私の感じたところでは、
今は毎日のように『テレビのあり方』を問うような番組作り、また、(どんぐりの背比べ的ではあるが)実験的に番組を作り次代への梯を模索している…といったような業界の試みを最近の番組から少なからず感じ取っているのも私だけではないはず。


そんななか、この事件だ。

観て、何も思わないか?





いや率直に言おう、




“聞く耳”はあるか?












そこに、何があるか。

報道の礎だぞ?

報道とは何か

“伝えること”だろ?

人は生きていく上で、
伝えることの重要さは、呼吸をするように解りきったことだろう?

しかし人は人生において常にその当然が引き起こす壁にぶち当たるものだろう?


もう具体的に言おうか、例えば音楽において、
それは作曲者の楽譜から演奏者はそこにあるあらゆる情報を掴み取り、噛み砕いて、伝えるものだろう!
しかしそれでも伝わらないことだってある!
理解されないこと、また拒否されることもある!
人間関係だって同じだ!
だが、究極、それは“わたしを伝えること”なんだ!

そこには安易な私情は入り得ない。そこに万物における人間の価値を悟り、無常のなかに己を奉仕するよりほかないことを悟るのだ!






















その伝えることの本質を、わたしは彼の番組から学んだのだ。

見れば、60年代のルネサンスの精神が脈々と流れているではないか。



人は時代に翻弄される。流れに呑み込まれる。
どんなに偉人であろうとも、それがどんなに先進的で普遍性を兼ね備えていようとも、
その人がその時代のうえで必死に生きていたことは、語るに欠かすことは出来ない。



私はある友人に、このなにやら興味深いものはいつの時代の人か、と尋ねたことがある。
その彼の返事は、
時代など関係ないだろ、いいものはいい、それで充分だ!

と、いわれたことがあった。

成る程、確かにその通りかもしれない。

その時は意見も固まらずどもってしまったが、
今はこう言える。


いや、しかしその背景を知り、当時の世相や政治経済、思想、動いていた変革、衰退していった文化…などに、目を向ければ、

“そのうえで彼らはどこまでその考えを行動と共に突き進めたか?”

に、おのずと真価を見出すものではなかろうか



と。




そして今を見る。


このあまりに露骨で、その愚劣さに吐き気をもよおすほどのものが、
ここにはある。
価値を見出さず、安眠を貪り、掘り出す労力を惜しむ畜群。
最早軽蔑することさえも厭わしい呆れた知識人を装う者たち。
“軽薄”ではなく溝すらないのだそこここには!































しかし、いつの時代だってそう。



人はしかしいつの時代も“心”だけは失わない。そして、“よいもの”を深遠で直感に捉えるもの。

人はいつの時代だって、変わらず大事にしてきたものは、変わらない。





























ああしかしなんてばかばかしい。
下らない。
私の書いた文字は力を持たない。空虚だ。



まったく馬鹿だ。

SUNDANCE.
注意今日はどうしてもみなさんに報告させて頂きたいことがあります。
それは以前私の記事でも紹介させて頂いた、TBSの深夜番組『CBSドキュメント』が、今日の25時29分からの放送をもって、番組が終了してしまうそうなのです。
この番組はもうかれこれ80年代から日本では放送されていたそうで、今回の突然の番組終了には驚きと同時に悲しむ方、惜しむ方が私も含め多いことと思います。

前回の放送ではMCのピーター・バラカン氏が、
「最後はお友達を誘って高視聴率で終わりましょう!」
と、おっしゃっていました。

この番組の良さは、事実をありのままに伝えているところだと私は思います。そこには、真摯なジャーナリズムの哲学が生き、報道における一つの極みを惜しみなく我々に提示してくれる真の報道番組です。
そういったものが退いてしまうのは、本当に、誠に、悲しい限りです。

最後に、この記事が一人でも番組の最後の放送を観るきっかけとなることがあれば、幸いです。

ではまた。





SUNDANCE.