二人目のAPLの患者である、
Bさんが緊急入院した。
私たち、オーベンとウンテンの二人は、
必勝を期していた。
今度こそは、この人こそは、
必ずや生きたまま元の世界に戻すのだ、と。
以下、
Bさんが入院する前日の私とオーベンのやり取り。
オーベン「APLのDICをどうやってコントロールする?」
私「まずは必要な補充です。
血小板1万以上をまず確保、
1万ないとその日に大出血するリスクがあるので。
できれば2万程度毎日キープがベスト。
あとはFbgなんですが、
APLだと入院時100未満の可能性もありますが、
目標は100以上キープ、150あれば安心。
ATIIIはAPL単独なら下がらないと思いますが、
敗血症が加われば下がるので80%キープが目標。」
オーベン「マーカーは?」
私「血小板は当然ながら毎日至急でチェックします。
採血当日に結果の出るD-D、FDP、Fbgは週三回、
ATIII、APTT、PTは週二回、それぞれ出します。
当日結果が出ないもので重要なものはTATとPIC、
これらも週三回出しといて、
結果が届きしだい自分の予想と答え合わせします。
あとα2PI、Plg、TMとかは週二回くらい。」
オーベン「治療は?」
私「線溶優位のAPLなのでまずはフサンでスタート、
副作用でカリウムが上がったらFOYに切り替え、
ただしFOY単独では線溶の抑えがいまいちなので、
トランサミンを加えたいところです。
PC(血小板輸血)は連日、FFP(新鮮凍結血漿)も。
データを見てですが必要なときには、
フィブリノーゲンやアンスロビンPをズドンと。
もし敗血症で凝固優位になるようなら、
その時点でトランサミンは中止して、
FOYにヘパリンを併用にします。
あとはさじ加減が問題となりますが・・・」
オーベン「うん、そんな感じでいいよ。」
このやり取りは読み飛ばしてもらってかまわない。
要するに、
私たちの当時の気合いが伝われば。
ただ、ひとつだけ、
「当日結果が出ないもので重要なものはTATとPIC」
ここの部分が、
あとで大事なキーポイントになってくる。
凝固系の強まりをダイレクトに数字にしたのがTAT。
線溶系の強まりをダイレクトに数字にしたのがPIC。
そのほかの検査マーカーは全て、
凝固や線溶の動きを間接的に表すだけにすぎない。
その意味では、
TATとPICこそが、毎日その日に知りたいものなのだ。
リアルタイムで最も知りたいものが分からない。
ここがDICのコントロールで困ることだった。
Bさんは入院時、正常な白血球が、
限りなくゼロに近かった。
白血球がないといとも簡単に細菌にやられ、
全身に細菌が散らばった状態の敗血症となる。
Bさんをまずセミクリーン・ルームに隔離し、
厳重な感染予防メニューを行った。
入院時、DICについては私たちの予想通りだった。
そして今回は、Aさんの時よりも、
線溶系をもっとしっかり抑える方針を取った。
一週間くらい経って問題が生じた。
Bさんが高熱を起こした。
細菌感染を表すデータも出た。
白血球がゼロの状況なので、敗血症に間違いない。
それもデータからは、かなり重い敗血症だった。
オーベン「これで凝固系が動いてしまうな。」
私「いままで線溶優位だったのが、
凝固優位に逆転するのか、
それともそこまではいかないのか・・・」
オーベン「まずは抗生剤の点滴だ。」
ここでまた問題がある。
抗生剤はすぐには効かないのである。
一般に抗生剤が効いているかどうか判定するのに、
およそ三日間は待つ。
つまりそれくらいしないとしっかり効かない。
抗生剤がしっかり細菌を叩くまでの間、
DICはどうなっているのか?
APLのDICらしく線溶優位なままなのか?
敗血症のせいで凝固優位に逆転するのか?
それともその中間なのか?
いまのDICに対する治療メニューは、
線溶系をよりしっかり抑えるためのもので、
凝固系に対しては強く抑えていない。
もしこの治療メニューのままで、
DICが一気に凝固優位になってしまったら・・・
凝固優位のDICは、血が固まって血管を詰まらせる。
私たちの現在の治療は、
血の固まりを溶かす力を抑えている。
つまり、もしこの治療メニューのままで、
DICが一気に凝固優位になってしまったら、
治療によって血管がより詰まりやすくなってしまう。
真っ先に詰まりやすい臓器は腎臓だ。
腎臓は細い血管が集まって全体ができている。
腎臓の細い血管が一斉に詰まってしまえば、
急性腎不全となる。
尿が出なくなる危険な状態だ。
血管を詰まらせないためには
治療メニューを正反対に変えればいい。
凝固系をよりしっかり抑えるメニューにすればいい。
じゃあ、治療メニューを簡単に変えられるかというと、
それはかなり勇気がいる。
なぜなら、
もしDICが凝固優位に逆転していなくて、
線溶優位なままだったとしたら、
治療メニューを凝固対策メインに変えたとたん、
命にかかわる大出血が起こるかもしれない。
そう、Aさんのときのように・・・
ここで前述のキーポイントが浮かんでくる。
「当日結果が出ないもので重要なものはTATとPIC」
凝固と線溶、それぞれいまどれくらい強いのか、
TATとPICでリアルタイムで知りたいのに、
この二つはその日には分からない。翌週に分かる。
ジレンマだった。
結局、私たちは治療メニューを変えないままにした。
DICは線溶優位のままだろうと予想して。
結果は完全に裏目に出た。
Bさんは腎臓の血管があっという間に詰まってしまい、
急性腎不全になってしまった。
腎臓内科に頼んで24時間持続の透析を始めた。
しかし一度狂った歯車は元に戻ることはなく、
Bさんは、
溶血による黄疸、胸水、肺うっ血、呼吸不全、
そして多臓器不全となり、
二週間ほど苦しみ抜いて亡くなった。
私はこの13年間で100人以上看取っているが、
Bさんの最期も忘れられない記憶のままだ。