気まずい、そんな域ではない。


 十義と聖火のカップルと阿文と美智のカップルのダブルデート。聖火としてはテレビで見ない日はないほどの有名人と一緒に過ごせるのは感極まりない出来事ではあるが、場所が悪かった。

 

 なにせこのコスプレ大会は後にどれがすばらしかったか投票、勝利したものに百万円をもらえる。これに本気になったコスプレイヤーたちは私が一番目立とうと策略の限りを尽くす。


「あのさ、デートの場所を間違ってない?」


「それ、言わないで」


「あのさ、阿文いなくね?」


「それ、いわな・・・・・・え?」


 聖火はここでようやく正気に戻って周囲を見渡す。いるのは間違ったコスプレイヤーたちと全国から集まったカメラ小僧。

 

 この事件を作り出した張本人がいない。


「え、ちょ、え?」


 聖火の心にとたんに焦りが生まれる。デートの場所は間違っているものにれっきとしたデート。これは十義も承知の上だ。


 まずい、まずすぎる。


 初々しい聖火の心に遅すぎる緊張と動悸、ちらちらと十義を見てみると彼も困ったように後ろ髪をかき回していた。


「地理の把握ができねえな。探してくるからここで待っててくれ」


「え、十義?」


 手を伸ばすより早く、十義は人混みの中へ消えた。


「あぁああっ!?」


 十義がいなくなる。せっかくの二人っきりが音を立てて崩れた。


 「もっと強く止めておけば良かったなぁ」


 ゴシックの少女はその場に座り込む。周囲のカメラ小僧はもぞもぞとカメラを向けるがそんなのは関係ない。


「十義、ばれてるのかな」


 聖火は左京の異変に気づいている。が、それはBシステムの戦渦に巻き込まれていることではなく、観覧車の一件についてである。


 あのとき十義は眠っていたが、その証拠があるわけではない。単なる狸寝入りだった可能性も十分考えられる。


「どうした? 疲れたのか?」


 一瞬だけ、彼女は誰の声だろうと思った。知っているはずの声なのに、違和感がある。全くの別人に話しかけられたような感触だった。


 そのせいで顔を上げたときは驚かずにはいられなかった。


「十義?」


 そう、十義がいた。


 彼はいったいどこで着替えてきてきたのか、足下まで届く長いコートを羽織り、笑顔にはどこか影がある。


 それ以外はなにも変わらない。いつもの笑顔にいつもの優しい目。


(どうして? 心が痛い)


 ずきりと響く鈍い痛みは感覚によるものではない。


 ああ、そんな風に笑わないで。


 それでも聖火はその手を伸ばす。

 

 分かれてたった数分。きっと勘違いだと思って、その手に触れて、握り返す。

 遙か昔、それは後に『竹取物語』として語り継がれる遠き昔。

 

 竹を刈りに行った老人は幾万の中に黄金色に輝く竹を見つけたという。その竹を割ってみると、黄金色の輝きを放つ赤子が生まれたという。

 

 少女は育つにつれてさらに美しく成長した。ついには日本の彼方にいる貴族をも虜にした。

 

 貴族はどんなに姫を奉仕しても首を左右に振る。

 

 そして貴族の肩書きを台無しにして帰って行った。


 美しいがあまりの光沢は『貴族』という凡人も触れることは許されない。


 そして現代、左京たちの前に『かぐや姫』が降臨する。


 二次元にしか存在しないはずのキャラクターを自分に重ねてコスチュームプレイを楽しむ彼ら。


 彼らはできの良い人もいれば何のコスプレなのかわからない人間もいる。そんな彼らに光はない。あったとしても歪んでいて、しかも鈍く輝いている。


 歪んだ輝きの中に、太陽より美しい光が君臨すれば鈍い光はたちまち後ずさりし、そしていなくなる。それが鈍い光の宿命だ。


「あの、待ちました?」


 高級そうなロングコートと変装用の帽子とサングラスで正体を隠したとしても、太陽の輝きは消せないようだ。


「いや、待っていない」


「そうですか。よかったです」


 恐ろしく甘い声だった。だが裏がないようにも感じる。純粋にほっとした甘い声に十義の心は危うくアイドルに奪われそうになった。


「十義?」


 肘をつねられて意識を取り戻す十義。横を見てみるとゴシックな少女がふくれっ面になっていた。


「あれ? なんで眼帯つけてんの?」


 ついさっきまで聖火は真っ黒な眼帯をつけていなかった。

 

 そのことを指摘されて恥ずかしかったのか、彼女はほんのりと顔を赤くして、


「いいじゃない別に!」


 と全力であやふやにする。

 

 十義としては多少気になりはしたものの、そこは幼なじみの間柄。いやならやめておこうと直感したのだった。


「この二人が例の二人?」


 サングラス越しの視線が十義たちを見つめる。


「ああ。二人ともコスプレに生涯を費やしている人だ」


「「阿文!?」」


 オタク仲間として行動をするようにとは聞いていたが、そんなことを言われて黙っていられる二人ではなかった。


「そしてダブルデートのもう一組だ」


「「阿文!?」」


 さすがにその点を黙ることはできなかった。


 隣にいるその人を傍目で見てみれば、その視線が合ってしまう。


 訪れる若干の気まずさ。


 そして聖火としては観覧車の一件がある以上、阿文の言葉に十義がどうでるのかも気になってしまう。


「ふん」


 それは幼い頃から一緒にいる故にわかってしまう。

 

 どんなに否定してもその通りになってしまうなら、最初から否定しなければいい。十義の諦めたときにでる癖。


 同時に否定でもあるそれは、聖火の心にどんな影響を与えるのか。


「とりあえず回るか。今回のデートは失恋を・・・・・・ではなくお互いを知るためのデートなのだから」


 踵を回す阿文の横にべったりと美智が彼の腕を抱きしめる。

 

 やや遅れて十義も歩き出す。


「たまにはあいつの悪ふざけにもつきあうか。ほれ」


 そういって、十義は何でもないように聖火へ手を伸ばした。


 彼女はその手を少しだけ見つめ、それから十義の顔を見る。


「手ぇ繋げよ。今日だけはカップルになってやるから」


「・・・・・・うん。そうだね」


 最初は指先が触れあい、次に絡まり合い。


 ゆっくりと、ゆっくりと、互いが互いを離さぬように。



「「ふざけるな!」」


 コスプレ会場の裏側で十義と聖火の言葉が木霊する。


「なんだ!? あれか、俺たちはおまえのデートの助っ人か!?」


「しかもあんたみたいな二次元ぞっこんのオタクがあのアイドルと!? ふざけてんじゃないわよ!」


「ふむ。友達を放り投げるなんてどうかしてるよ」


「おい! それあれだから・・・・・・おまえが言っちゃ行けない言葉だから・・・・・・」


「だってしょうがないじゃなかぁ」


「それってあれ? 鬼ばかりのあれ? お願い阿文! もうこれ以上しゃべらないで!


 十義も聖火もこれ以上阿文をつつくとまずい言葉が出そうなので、ひたすらとこらえるしかなかった。


 言いたいけど言えない辛さに苦しむ二人に、阿文はわざとらしい咳払いをした。


「今日ここに集めたのも理由はある」


「なんだよ?」

 

 と十義。

 

「俺はおまえらが知っているとおり二次元以外興味はない。宇宙人未来人超能力者はゴートゥーホームだ。だがこんなことを言うのも何だが、あいつは俺に惚れている」

 

 刹那、阿文の左右の腿に回し蹴りの音が響き渡る。


「三次元の常識人は二次元を嫌う。これは世界の共通点だ。ニートだろうがアイドルだろうが関係ないはず。そこでおまえらだ。幼なじみであり門下生である俺たちのコンビネーションは高い。ともに協力してアイドルを失恋させてやろう」


「ねえ十義、今の言い回しだとわたしたちオタクってこと?」


「え? マジか? 途中からどうでも良くなって聞き流してたわ。俺は嘘でもオタク演じるなんていやだぞ!」


「ああ。十義はオタクとしてみられなくとも聖火は大丈夫だ。ゴシックでロリは行かないが化学反応でゴスロリになる」


「はぁ!? ふざけんな! どうして私がゴスロリなんかに・・・・・・!」

 

「十義、アレは何だ?」


「あん?」

 

 突然阿文が空をさして十義は空を見る。その隙に阿文は聖火にそっと耳打ちをした。


「おいR指定の看板しかねえじゃねえか」 


 十義は苛立って視線を戻すが、十義はどこか違和感を感じる。

 

 いったいどこに違和感を感じるのかとよく見ていると、聖火が妙に顔が赤かった。


 顔を真っ赤にして不自然に静かな聖火は何かを考えるように口元に手を当てて、視線は下に。


「ねえ・・・・・・十義・・・・・・・」

 

 そのとき、十義は背筋がぞっとしたという。

 

 いつもは気が強くて凛としている彼女が、マシュマロのように甘くて、綿飴のようにふわふわとした言い方で十義の名前を呼んだのだから。


「私、ガンバる・・・・・・」


 いったいどうしてこうなったのだろうか。


「ふふふ」


 阿文は意味深く笑う。


 全ては阿文の手の中で踊っているような気がしてならなかった。