巨人に入るまでのごたごたやそのいきさつを考えれば、巨人で現役引退というのはある意味セオリーであろう。ただ、明らかに他球団で現役続行を考えた節はある。というか、4~5年前に同じ状況になっていたとしたら、スパッと辞めて、解説&タレント業で、夫婦荒稼ぎというレールに乗るという目論見がはまっていたはずだ。やはり、野球を取りまく環境が激変したということもあるだろうが、俗に言う「スポーツタレント」の飽和状態にある現状や、そして、宮本和知や「デーブ」大久保博元といった巨人をうりにしているOBが想像以上に使い物にならないという状況も、元木大介にとってはネガティブファクターだったような気がする。でも、日テレに囲い込まれ、から騒ぎやさんま大教授あたりで、お笑い怪獣にいじられ、食いつなぐことであろう。





情報&ご指摘サンクスです。イメージ的には、木村拓哉で成功→中居正広で再びの夢を狙うも中途半端に終わる、というシナリオが個人的にはまってしまったことから、勘違いした模様です。





たしか、開局40周年か35周年特番(古舘伊知郎と徳光和夫がW司会)のオーラスでも「私は貝になりたい(フランキー堺バージョン)」を流して、TBSの良心を誇示していた。結局、TBSにとっては、これが最後の砦なのであろう。それと、全員集合のソフトの二次使用の粗製濫造ぶりは目に余る。そりゃ加藤茶じゃなくても「TBSはバカだから」と言いたくなる。で、今日HDDレコーダーで録っていたものを見て、やはり中居正広&明石家さんまのトークが一番見応えのあった内容であった。というか、いろいとと突っ込みたい部分が多く、研究材料になる内容といった方がよいか。やはり、注目は小倉弘子の伝説ともいえる「恋のから騒ぎ・栄えある第一回説教部屋行き」に関するくだりである。さんまが話題を振る→小倉弘子、あわてふためく→中居正広、フォローしているふりをしながら、茶化し、ネタを焚きつける→小倉弘子、「素人時代の若気の至り」と言わんばかり、そのネタはふらないでと謝り通す→「あの番組は、そんな嫌がる番組やったんか」とさんま、『ほいで鳥、陥落_| ̄○』状態、という一連の流れは、まさにセオリーであったし、バラエティ的には一番盛り上がるパターンである。で、もし、これが小林麻耶だったとしたら...「から騒ぎ」ネタをふったら、満面の笑みで、から騒ぎの話をしまくる小林麻耶に、さんま&中居口をあんぐりという最悪のシナリオになりかねなかったであろう。なんたって、いまだに、自分の家にから騒ぎのネームプレートとお笑い怪獣の体液(つば)が染みついた当時の衣装を大切に飾って、生きる糧にしている女である。


にしても、今回の最大の疑問は、なぜ「最後の恋」を流さなかったのかと言うことである。「男女7人夏物語」伝説の「台風での告白シーン」を笑いまくっていた中居正広に対し、「中居、おまえかて『最後の恋』で常盤貴子ちゃんと雨の中でずぶぬれになって、思いの丈をぶつけ合うシーンがあったそうやないか」と明石家さんまがふる絶好のチャンスだったのにである。実際、ビューティフル・ライフの後、北川悦吏子、常盤貴子のゴールデンコンビで中居正広を担ぎ出せば、再び大人気作品になると狙っていたのに、尻すぼみでぱっとしない結果に終わったことが、この番組自体を封印したいという思いが強かったのかもしれない。


で、フジテレビでバラエティの人として思い切りぶつけ、TBSでは俳優としてシリアスアブ分も垣間見せるという点では、中居正広と明石家さんまは共通しているなとも感じた。