今日のお昼に、「高原へいらっしゃい」のリメイク放送のPRもかねて、脚本家山田太一の過去の作品を特集した番組がTBSで放送されていた。その中で常に強調されていたのは「リアリティ」という言葉。確かに山田太一の作品というのは日常臭が強くて、絵空事ではない人と人、家族のつながりというのを真正面からとらえられた作品という評価はされている。ただ、どうも山田太一作品というのにはアレルギーを持っている。一般的に言われている「山田太一作品は説教くさいし、暗い」という面が苦手と言うこともあるのだが、日常だリアリティだといいながらも当時の流行りの音楽をちりばめさせているミーハーさ(「ふぞろいの林檎たち」で音楽を使われたSASは、許可無く使われたと言って、かなり不満を持っているとの話もある)とかにも嫌悪感を感じているのかもしれない。そして、今のテレビに視聴者は「リアリティ」を求めているのかというのにも疑問を感じてしまう。結局「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」で俳優が眉間にしわ寄せて演じている姿よりも、みのもんたが自分の存在感を誇示して「お嬢様たち」にごますったり、身の上相談している相手に罵事雑言を浴びせたりする姿や、「ベッカム様」の一挙手一投足に騒ぎ立てている姿を「絵空事」として卑下しながら見ることを求めているのかもしれない。実際、「ふぞろいの林檎たち」に出ている出演者に関して言えば、演じていた姿よりも、その後のプッツンキャラとして女優生命をずたぼろにされてしまった石原真理子の哀れな姿や、「悪魔(笑)」柳沢慎吾のバラエティでの暴走ぶりの方が目立つのだが(笑)