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関口あきらブログ「 アキラの感情的拳闘&激劇ブログ」

ボクシングと芝居が大好きでたまらない、俳優関口あきらのブログ。小難しい技術論は述べない。
観たまんま、感じたまんまの感動、想いを記します!!

誰かに生まれ変わりたい、とかいろんな人、いうじゃないですか。
1回もないね。
もし、もう1回生まれるんだったら、もう1回、自分でありたいし、父ちゃんの子でありたいし。
「辰吉」として生まれたい。
おもろいもん。



テアトル新宿にて「ジョーのあした」を鑑賞。

思えば今から約20年前、1995年夏、同じテアトル新宿で本作の1作目、「BOXER  JOE」を観たんだよなぁ。
当時の俺は、演劇1年目。黒テント養成所で右も左もわからぬ演劇を研鑽の毎日。何もかも初めてで、キラッキラな日々。
壁にぶち当たって、スクリーンの中のジョーに会いに行ったんだ。
1作目のクライマックスは薬師寺戦の敗北。
辰吉丈一郎、第1期黄金期の終焉。

俺の始まりと、ジョーの終わり。



で、今の俺は、、、。



2作目本編は薬師寺戦敗戦からの第2期黄金期から始まり、そして波乱の3期、俺の主観だと、今が4期にあたるのか。

サラゴサ2連戦、シリモンコン戦、防衛2戦、
ウィラポン戦、

節目に阪本順治監督のインタビューが入る。
日付のテロップがその都度右下に入る。
彼と同じ年齢である俺は、彼の変化しつつある面がまえや発言を観つつ、自分自身の日付を重ね合わせる。
懐かしい。あん時はこうで、こん時はああで。
サラゴサの2戦目なんて、俺の誕生日だったんだ。親友宅で沈んだ気分で祝ってもらったっけ。

もうこれ以上無理だろうと思ったら悲しくて。
半年後、まさかあんなに劇的にシリモンコンぶっ倒して王座に返り咲くとは思いもしなかった。
泣いたね、TVの前で泣きまくった。

そっから実際に横浜アリーナに観に行った、ソーサ、アヤラの防衛2連戦。

悪夢のウィラポン第1戦。

年明けて、父・粂二さんの死。

涙無しに観られない大阪ドームでのウィラポン第2戦。

3年後の復帰戦から、ライセンス失効、単身タイへ渡り、2戦。

そして、、、現在。

次男、寿以輝のプロデビュー。

お互い歳、食っちまったね、辰吉さん。

リングで戦う貴方を同じ時代に観られた、本当にありがたいボクシングファンだと思います。
貴方には全く不本意でしょうが、辰吉ファンはいつからか、勝ち負け云々より、単純に貴方の熱い試合が、ただ観たかった。会場一体になった辰吉コールがたまらなく気持ち良かった。
こんな風に思えるボクサーは後にも先にも辰吉丈一郎ただ1人でしょう。

俺は幸せな事に、WBCバンタム級の継承者・山中慎介にもオンタイムで今現在、極上の夢を見させて貰っているけど、身近な分、夢の質が違うというか。

未だ、世界王座に返り咲く事を信じて疑わない貴方を、我々ファンは無理だ!とか、やれ!とか言いません。
ただ、応援しています。試合が決まれば応援するだけ。
貴方の、何処までも決してブレない信念を、
我々はいつまでも応援したいんです。


映画のテーマでもある、「なぜ彼はやめないのか」。
監督はインタビューごとに「辞めないんですか?」と質問をするけれど、これだという明確な答えは彼の口からは出ない。
いや、年を負うごとにニュアンスは変わっているけど、共通するのは
「もう一度世界に返り咲く」


もういいじゃないか、それ以上突っ込むのは。

この答えこそ、辰吉丈一郎。



補足として、この信念の根底かなと俺が捉えたのが、ウィラポン第2戦の直前のインタビュー。

監督がお父さんについて質問をした時に、1番印象に残ってる言葉は「1番になれ、かな」と。

「1番いうんは1人や。その1人になるんは難しいんじゃよ。
自分がやろうと決めたことに関しては1番になってみい。
住む世界が変わる」

この父ちゃんの言葉が辰吉丈一郎という人間を形成した根幹の言葉なんじゃないかと。
ひと度決めたことを決してブレずにやり抜こうとする信念。
言い過ぎかなぁ、俺は本当に日本のモハメド・アリだと思うんですよ。


今作の締めとして寿以輝のプロテスト合格を持って来てる訳だけど、阪本監督、この先まだまだカメラを回し続けるんだろうな。
おい待て、俺を忘れて貰っては困る、俺はまだまだ現役や!
そんな声が聞こえてきそうだから。



辰吉丈一郎は、今もどこかでバンテージを巻いている。


辰吉さん、俺もまだまだ突っ走っていいですか。


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