8月31日は初音ミクの誕生日だ。初音ミクは平成19年(2007年)8月31日に発売され、今年で19年となる。
だが、8月31日はミクの他にも誕生日を迎える人物がいる。今回の記事で取り上げる歌い手、ななひらさんもその一人だ。
ななひらさんは古参の歌い手で、2008年にニコニコ動画でデビューしている。最大の武器であるロリ声を売りにし、現在では「歌ってみた」に留まらず電波ソングを中心としたオリジナル曲でも活躍している。また、ヴォーカルの音源を配布している方でもあり、UTAU用およびVOICEVOX(ボイスボックス。トークボイス専用)用のキャラクター「春歌ナナ」を公開している。
古参ではあるが、私がこの方を知ったのは2022年になってからであった。初めて聴いたカバーは「異常な音を出すガール」である。この曲は「初音ミクの消失」で知られるcosMo@暴走Pさんの作品だ。
cosMoさんの作品は人間が歌うことを全く考慮しない超高速歌唱がよく知られているが、この曲は高速ではなく近所迷惑になるほどの絶叫が特徴である。原曲は音街ウナという設定11歳のキャラクターによる歌唱であるため、ロリ声のヴォーカルとは相性が良い。
YouTubeではロリ声の歌い手がほぼブルーオーシャンであったみたいだが、ファンの層も限られるため、現状としてはニッチなタイプの歌い手である。
そして世界的に見ると、ななひらさんのようなタイプの歌い手は極端に少ない。ななひらさんは日本だからデビューできたキャラであると言えるのだ。これは日本と世界におけるロリ声の立ち位置が大きく関係する。ガラパゴス的な扱いであるロリ声のアーティストも、メインストリームから外れると世界中のニッチ層と繋がる強力な武器に変身するのだ。
中毒性の強いロリ声
デビューしたのは2008年10月、「ニコニコ動画流星娘」の「歌ってみた」を投稿してデビュー。この時から既にそのロリ声を武器にしていた。だが、最初に話題になった動画はお世辞でも健全とは言えないもので、しかも中毒性が強かったため、ロリっぽさが強調されたななひらさんの動画は「ななひらウィルス」とまで呼ばれる有様だった。
初期に話題になった動画は「歌ってみた」よりもネタ動画が中心。ニコ動で話題になった動画の一つが、2009年5月に投稿された「わらび餅の行商の売り声」のカバーであった。売り声のカバーは投稿されるや否や、素材としてMAD動画などのネタ動画に使われ、仕舞いにはわらび餅の行商が録音して売り声に使ったりもした。
YouTubeに参入したのは2015年で、最も古い動画は「リトライ☆ランデヴー」であった。
ロリ声というだけでなく早口でもある点も特徴的だ。ニコ動のみで活動していた初期は滑舌に少々難があった(わらび餅の行商の売り声などに見られる)が、電波ソングなどをカバーするようになった今日では早口の曲もカバーすることがある。
冒頭で取り上げた「異常な音を出すガール」と同じくcosMoさんの作品で「ダイジョブですか?」もその一つ。部分的に「消失」よりも早口になる箇所が存在する。
ニコニコ動画をはじめとしたコミュニティにはロリ声の歌い手が他にも存在するため、同じタイプの歌い手と共演もできてしまう。これが海外のコミュニティであったらほぼ不可能。先ずロリ声のミュージシャンがほぼいないからだ。そんな日本の二次創作文化における特権的なコラボであるロリ声同士の曲も、ななひらさんのチャンネルには沢山ある。近年ではVTuberのころねぽちさんとすずしろさんが多い。
ころねぽちさんとは近年最も多く共演しており、カバー曲では「メズマライザー」「クーネル・エンゲイザー」「ワールドイズマイン(CPK! Remix)」「君色マリンスノウ」などで共演。よく私は「クーネル・エンゲイザー」を聞いているが、両者の歌声は琴葉茜・葵が歌う原曲の世界観とマッチする。
オリジナル曲では「びっぐちーず!」「ぶっとばスーパーノヴァ」「LET’S TOAST!!」「ロールケーキくるっくる~り!」などで共演。「ロールケーキ...」の方は可愛さ全開といったところで、「ぶっとばスーパーノヴァ」はカオスなこと。ロリ声はカオスな曲でも埋もれないという強みがあるため、ななひらさんはしばしば暴走曲で人気になることもある。
さて、ななひらさんがいつもロリ声を武器にしているかというと、そうとも言いづらいだろう。最初期にカバーしていた「恐怖ガーデン」ではロリっぽさを抑えた「可愛い声」で歌った結果、ホラー感が増強されてしまった。ただし、ななひらさんがダークな音楽を歌うことは稀で、全体としては電波ソングや明るい曲が中心である。
電波ソングやアニソン(およびアニソン風)でない曲ではロリ声でないこともよくある。たとえば2026年6月にKirara Magicさんが発表した「Herb Tea」(ハーブティー)では、ななひらさんの歌声はロリというより純粋に綺麗な印象さえある。
nayutaさんと共演する「88☆彡」(まらしぃ。曲名は数字の読み通り)でもロリ声は抑え気味である。ただし、共演者であるnayutaさんはロリ声を売りにしていないため、ななひらさんがキャラを抑えても声の幼さが際立ってしまう。
アニメーションや一枚絵との相性が良いため、ななひらさんの声はDTMの世界で輝けると言えよう。
かめりあ × ななひら
ななひらさんのロリ声を生かしたオリジナル曲を数多く書き下ろした人物はボカロPのかめりあさんである。かめりあさんは「システマティック・ラヴ」などで有名なボカロPである。
先述の通り、ロリ声はカオスな音の中でも埋もれない強みがあるため、ななひらさんは電波ソングのヴォーカルに最適である。かめりあさんの書き下ろした電波ソングにななひらさんがよく起用されるのはそのためだ。
最初のコラボ曲は「早速ですがSHAKING PINKはインベーダーだったようです」(2012年11月)。YouTubeで最多の再生回数を誇る曲「ベースラインやってる?笑」もかめりあさんの提供であった。
「レンジで好吃☆電子調理器使用中華料理四千年歴史瞬間調理完了武闘的料理長☆」という長いタイトルもある。名前の通り中華料理をテーマにした曲であるが、八大中華料理も電子レンジがあればあっと言う間に完成という内容である。電波ソングともあれば中国料理の世界もカオスに映るだろう。
勿論、純粋に可愛い作品も送り出している。「わたしトリエチルシトレートレート」(2025年12月)は電波ソングのようなカオスな作品ではないため、可愛さだけを求めるリスナーにはお勧めだ。
Aiobahnの強力なコラボ相手
ななひらさんは2022年1月にAiobahnさんの「INTERNET OVERDOSE」をカバー、2023年3月に「INTERNET YAMERO」をカバーし、これらが作者の目に留まった。再生回数は100万回台で際立って多いわけではないが、ななひらさんのロリ声と電波ソングの相性が良いため、秀逸なカバーとして見出された。
ななひらさんは古参の歌い手であるものの、実はYouTubeのチャンネルには1000万再生を達成したコンテンツが一つもない。最も多く再生されている「ベースラインやってる?笑」でも395万回に留まる。しかし、Aiobahnさんとコラボした作品はそれを遥かに上回る再生回数を記録した。その作品は「天天天国地獄国」(P丸様。との共演)で、今日までに2650万回再生されている。「天天天国地獄国」は「INTERNET YAMERO」と同様にカバーの多い作品となった。
ちなみに「天天天国地獄国」はAiobahnさんが名義に+81を付加した際に公開した作品で、これ以降は日本のネット文化に結びつく作品で+81を付けるようになった。
なぜ日本ではロリ声の歌い手が人気になれるのか
ところで、従来より女性歌手の歌声は「大人らしさ」が重視されてきた。音楽作品も「大人の女性としての魅力」を引き出すことが良しとされたため、昭和時代の阿久悠さんや松本隆さんの作品もその前提で書かれている。
海外(特にアメリカ)ではその流れが昭和時代の日本以上に顕著。阿久悠さんや松本隆さんは古い男女観との対峙が駆動力であった一方、欧米では日本ほど男女観が分断していない。それでも女性の自由は意識として未熟なため、アリアナ・グランデさんのように「力強く自由な女性」を表現する歌手が支持される。
昭和時代の日本にしても、欧米のメインストリームにしても、ロリっぽい歌声は抵抗を示される。古い歌謡曲のは明らかに大人らしい声で、昭和のアニメもロリキャラこそ存在してもロリっぽいアニソンは殆どない。欧米では児童性愛を助長することを嫌忌し、メインストリームではロリっぽい歌声が昔から今に至るまで敬遠されている。
メインストリームでは表に出にくいロリ声のアーティストは平成以降に多く登場した。平成以降はロリまたはそれに近いキャラクターを主人公としたアニメ作品が増えたことから、ロリ声に対するハードルが徐々に下がっていった。
そして決定的な転機は2006年に登場したニコニコ動画である。ニコ動の歌い手としてデビューするアーティストはメインストリームの型にはまらないタイプの歌声や歌唱法を前面に出して人気を獲得する。ロリ声もメインストリームでは敬遠されやすい型であったが、ニコ動はアングラ(「アンダーグラウンド」の略)のコミュニティであったため癖の強い声質や歌唱法が人気を獲得しやすく、ロリ声の歌い手も人気になりやすい。ななひらさんはそうしたコミュニティから見出された。
英語圏では同じ文化からアニメ声の歌い手が見出された。「JubyPhonic」の名義で知られる声優のジュリエット・シモンズさんである。アニメと相性の良い声質は、日本ではななひらさんのような第一人者となる一方、英語圏では極希少なタイプとして唯一無二の存在になれるのだ。
勿論、日本でもメインストリームではなく絶対的な支持が高いわけではないため、ニッチな需要でも活動として成立するインターネットが中心となる。テレビなどのマスメディアでは視聴率などを意識するためニッチな情報を扱いにくく、コア層が中心となるロリ声の歌い手は取り合ってもらえないことが殆ど。日本のマスメディアではロリ声をタブー視しているわけではないが、需要の小ささが災いし、癖の強い歌い手が表舞台に上がる機会がほぼないのだ。
テレビが著しく斜陽化している令和時代、マスメディアがYOASOBIの出演を勝ち取ることに躍起になっているうちにネットでは多様性を開花し、癖の強い、尖った歌い手が圧倒的な人気を勝ち取っている。フォロワーが数十万でも世界中から集まっているため、同じ数のテレビが稼働していることとは意味が異なる。ニッチ層からカルト的な人気を集めて出来上がった数字なのだ。
日本のアニメが世界中で視聴されており、日本語のまま観ている人も少なくない。オープニングとエンディングの主題歌に至っては日本語のままであり、欧米のあらゆる主題歌に比べても声の幼さが際立つ歌声は諸外国にもそのまま届いている。特にアメリカは近年「声の多様性」が急速に失われていることから「誰の歌声を聞いても同じに聞こえる」という状態に陥り、ロリ声が構造的に極めて目立ちやすくなってしまった。
ネット時代にロリ声の歌い手がここまで活躍している裏では、テレビが斜陽化して王道を生み出せなくなり、声が画一になってしまったことで飢餓感が蔓延するという、メインストリームの逆回転が起きている。これこそロリ声が頭角を現わす土壌となっているのだ。
従来の音楽の常識とは全く異なるタイプの歌声ではあるが、日本で守られている「声の多様性」はななひらさんのようなロリ声のアーティストによって支えられてもいる。むしろ昭和歌謡の方が画一的なくらいだ。令和の今では「誰が歌っても同じ」ではなく「この人の歌声でなければ」というステータスがなければ成功しない。ななひらさんにはそれがある。
親から授かった声に「児童性愛の温床」のレッテルを貼られて排除されてきたロリ声の歌い手を、ボカロのコミュニティは受け入れた。彼らには「無駄な判断」がない。差別は無駄な判断が作り出すから、従来の常識は村社会の秩序と大差ない。
ボカロと歌い手のコミュニティが多様性溢れるのはジャンルや常識などの境界線が取り払われたからであり、そうした社会こそが真の「共同体」と言えるのだ。