今では「Made in Japan」の製品を国内で見かけることは少なくなった。生産拠点が海外に移された結果であり、今では外国製ばかりが目立つ。
「Made in China」が市場を席巻しているけど、コロナ禍などで露呈した中国依存のリスク、そして昨今の日中関係の悪化もあり、中国製の割合はいくらか下がりつつある。代わって「Vietnam」(ベトナム)、「Malaysia」(マレーシア)、「Indonesia」(インドネシア)、「Thailand」(タイランド(=タイ))の割合が大きくなった。最近では「Laos」(ラオス)の製品まで見かけるようになり、一昔前の中国製一辺倒の状況は影を潜めつつある。
日本から海外、特に新興国に生産拠点を移す流れは、人件費を抑えて生産し、価格を抑えることが理由である。手っ取り早く言うと、安くこき使って大量に売るということだ。家電とアパレルの企業の多くはこうして利益を増やしていった。
自動車の場合は事情が異なる。元々が貿易摩擦の対策で、現地生産を目的としていることが大きな理由だ。そのため、家電やアパレルと違って安い労働力で大量生産という体制ではない。日本の自動車メーカーの莫大な利益は現地生産によるところが大きい。
家電とアパレルに見られる、安い人件費で大量生産して莫大な利益を得るというビジネスモデルも、今では先行き不透明であろう。生産地である新興国の人件費が高騰し、安く抑えることがもはや難しくなった。そして近年の円安により海外生産の利点が薄れ、国内で生産してもコストで差を付けられなくなった。
トヨタに代表される日本の自動車メーカーと、ユニクロ(ファーストリテイリング)などのアパレルメーカー、パナソニックなどの家電メーカーでは、生産体制の長期戦略が大きく異なる。アパレルと家電では基本的な戦略が似ているため、今回はこの両業界を軸に日系企業の海外生産とそれによる長期的な影響を掘り下げる。トヨタの場合はむしろ日本にとってプラスに作用しているため、今回の記事では主軸ではない。
ブラック企業の発想
海外の安い人件費で大量生産するビジネスモデルは先述の通り、日本では家電とアパレル業界のほぼ一般的な形となった。この分野では日本製の商品を滅多に見ない。
景気の低迷した日本では国内生産の体制で作られたものが高価になり売れなくなった。この状況を打開しようと考えた道が海外生産であった。日本より遙かに物価も人件費も安く、しかも発展途上であった。関税の特例もあるため、これらの国々から輸入すれば関税を払う必要もなかった。特に中国は距離が非常に近く、コスト面では圧倒的に有利であったため、多くの家電メーカーとアパレルメーカーが中国に生産拠点を移転した。
現在では中国の物価と人件費が上昇し、関税の特例も段階的に撤廃されているため、コスト面での優位性は若干薄れた。そして政府による統制が厳しく経済活動に支障をきたすことから、今では東南アジア諸国を拠点とするようになった。
政治哲学者の内田樹さんによれば、この手の勢力が理想とする条件は以下の通りである。
人件費∶最も安いこと
生産コスト∶最も安いこと
公害規制∶最も緩いこと
法人税率∶最も低いこと
自民党政権が主張する「企業が活動しやすい国」も実はこれらの条件を踏襲しているため、アベノミクスでは以上の条件に近くなるように規制緩和を推し進めていた。現在の高市政権もこの流れを汲むが、近年の円安とそれに伴う物価上昇で国内消費に陰りが見えたことで慌てているのだ。
日系の家電とアパレルの両業界は冒頭で取り上げた国々で生産して日本国内に流通させている。ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイ、ラオスなどの国々は人件費が低く、公害規制も日本ほど厳しくないから、薄利多売を良しとするならそこで生産した方が有利だと考える。 家電メーカーとアパレルメーカーの両者にとって東南アジア諸国は「企業が活動しやすい国」である。これらの国々は物価も低いため、必然的に生産コストも安く抑えられる。
法人税率の低いところで納税するという流れは「タックスヘイブン」として問題化された。タックスヘイブンは法人税がないか極端に低い地域のことで、企業にとって租税を回避できることから、グローバル企業が子会社を置いて資産を移転していたことで問題となった。子会社の中にはペーパーカンパニーまであった。
価格抑制のための海外生産は、実は根底にブラック企業の思考がある。ブラック企業と言えば長時間過密労働、各種ハラスメント、賃金未払い、そして安全が確保されていないなど働き手を蔑ろにする企業のことを指す。海外の拠点でそこまで露骨な搾取が行われているわけではないだろうけど、「安くこき使う」という発想は働き手を軽視する態度の一端である。
海外の生産拠点は海外のためでなければいけない
海外の生産拠点は何のためにあるか、この位置づけは日本の家電業界とアパレル業界、そして日本の自動車業界とでは全く異なり、日本の産業の発展させるか衰退させるかという影響も180度変わる。
自動車業界が海外に生産拠点を構えるのは貿易摩擦の対策が主な契機である。しかし、この流れを裏返せば、その国の市場で日本車とその技術が必要とされている証なのだ。生産拠点を新たに構えることで現地のニーズに素早く応えたりできるため、現地化が容易になるという利点がある。勿論、現地の生産拠点だけでは供給が追い付かないため、輸入も一定の割合で継続される。
このような戦略は時に現地の同業者を脅かすことになる。日系のブランドが生産拠点を展開するようになると旧来の業者は技術と性能で差を付けられるから、顧客だけでなく労働者が次々と流出する事態にもなる。しかも現地で生産しているから供給も素早く、輸入だけの場合に比べても短期間で日系ブランドに侵食されやすい。GMとクライスラーの経営破綻(再建済み)は、輸入車の脅威以上に日系企業の現地生産が大きく影響したのだ。
日本の自動車メーカーは現地生産により規模を拡大し、圧倒的な成功を得た。自動車業界にとって海外の生産拠点は「現地の市場戦略の司令塔」である。現地のメーカーが応えなかった需要に日系企業が応えたのだから、トヨタが北米で成功したのは必然である。
一方、日系の家電メーカーとアパレルメーカーは薄利多売が目的だ。これらの業界が海外の生産拠点を作ったのは主にバブル崩壊後である。国内の景気が低迷する中、価格を安く抑えて売れる商品を作りたいと人件費の安い新興国に生産拠点を移していった。
家電メーカーとアパレルメーカーにとって海外の生産拠点は現地市場の戦略のためではない。「日本のために安く使えるツール」であって、決して現地のためではない。日系の家電ブランドは諸外国でも見ることこそあるけど、その多くは中国や東南アジア諸国で生産された製品だ。日本から輸出されたものではない。
そしてお金を落としていないことも問題だ。自国で生産していないから自国にお金が落ちない、物価と人件費の安い国で生産しているから、現地では大金かも知れないが通貨の価値で見た場合はお金が落ちていないことが分かる。現地がタックスヘイブンであれば税金としても落ちない。その一方で二酸化炭素や有害物質は放出しまくりだ。
前出の内田樹さんは、海外に事業の拠点を置きながらホームグラウンドに利益を落とさない企業を「無国籍企業」と呼んだ。生産拠点を海外に移し、日本国内では製造による利益がいくらも落ちない状態を作り出した家電メーカーとアパレルメーカーはまさにこの「無国籍企業」の典型である。内田さんの定義した無国籍企業はグローバル企業全般を指すが、日本で生産していないくせに「日本の企業」を名乗る勢力はもはやニセモノであるということなのだ。
内田さんは、無国籍企業のために国民に犠牲を強いることは筋違いであると説いた。そのことは昨今の円安を見れば痛いほどに分かるだろう。無国籍化した大企業が大きな利益を上げる一方、貿易赤字が膨れ、それが通貨安として私たち国民の生活に影を落としている。昨今の円安は生産拠点の国外移転による犠牲であり、これを招いた勢力こそ無国籍企業と化した家電メーカーとアパレルメーカーと言えよう。
円安の原因は海外生産にあり
自動車業界は日本経済を確かに下支えしているが、家電とアパレルの業界はもはや日本経済の足を引っ張る存在に成り下がった。
新興国に生産拠点を構えることにより安く生産され、しかも関税がかからないから、企業はぼろ儲け。しかし、国内の労働者にお金が落ちているわけではないため、結果として日本国内にお金が回らない。その結果、日本の景気は低迷を続け、何十年も失われることとなった。
海外の拠点にお金が落ちるため、いくらコストが安いといえども外国にお金を落とし続ければ日本の円を少しずつ売ることになり、結果として円安を生み出す。現在の円安は引き金こそ2022年の国際情勢の激変にあるけど、それだけなら現在の1ドル160円台まで円安にならずに済んだはずだ。日本での生産をせず、国外の安い労働力に依存し続けた結果が現在の1ドル160円台なのだ。しかもバブル期と違い貿易赤字であるから、現在の円安は何の利益にもならない。
生産拠点が海外に移転すれば生産力も海外に流出するため、日本は輸出で利益を上げることができなくなった。にも関わらず、輸出銘柄の株価だけで日経平均株価が吊り上がっていることだ。貿易赤字で輸出関連の業界の利益も吹き飛んでいる状態でこれはない。投資家は未だに日本が輸出大国であると本気で信じているのだろうか。吊り上がった株価とそれによる時価総額も、日本国内に落ちなく海外に流れてゆくだろう。
これまで人件費と物価が安いとされた国々も今では人件費と物価が上昇し、対する日本の物価は伸び悩んでいる。日本も上昇はしているけど、それは円安によるものであって、国の内部によって引き起こされた物価上昇ではない。新興国の場合は好景気による物価上昇であるため中身が伴っており、日本との物価や人件費の格差は縮まっている。
物価の格差がない状態であれば生産拠点を海外に構える利点は薄い。それならば日本で生産する方がコスト面で有利であるから、安い人件費に固執することが如何に長期的な利益を損ねるかを見せ付けられる。日本の薄利多売のためではなく、現地のニーズに応える拠点にできなければ、無国籍企業の未来はない。
ユニクロとパナソニックのように海外の労働者を安くこき使うか、或いはトヨタのように現地を攻略するか、この違いは本当の意味で世界から有り難く思われる日本企業か、或いは「日本企業」を名乗る無国籍企業かを分けるポイントとなるだろう。