こんにちわ

 

今何者でものない自分に嫌気が差して落ち込んでいましたが、結局今やるべきことを頑張ることしかないので逆にやる気がでてきたひろです。

 

さて本日のテーマは文化の作り方です。

 

文化ってなんだか抽象的で結局なんの?って感じがしますよね。

 

結論から言うと

 

文化の作り方

 

先駆者の考え方に共感し、多くの人々が共感し、コミュニティを作り、活動する。

その後、先駆者がいなくなり、人々の共有認識になること。

 

これが僕が出した結論です。

 

そもそも文化の定義ってなに?

文化の定義ってなんやって考えたときに、既存の意味と語源から見える意味を見てみます。

既存の意味

人間の知的洗練や精神的進歩とその成果,特に芸術や文学の産物を味する場合もあるが,今日ではより広く,ある社会の成員が共有している行動様式や物質的側面を含めた生活様式をさすこと (コトバンクより引用)

語源から考える意味

文化というのは英語で「culture」
「culture」の語源はラテン語の"colore"
 
"colore"
「耕す/住む/崇拝する/守る」等の意味をもちます。
 
このことから文化とは、
現在ある、考え方や価値観を耕し、修正するという意味になる気がします。
 
文化の対立語は自然です。
つまり、そのままある自然的なものではなく、作り上げていくという解釈になりそう。
 
うん。抽象的すぎ!!
 

文化の構成要素は?

さて
ざっくり意味を確認したところで文化の構成要素はなんなのかという話です。
 
文化に必要なものは
思考、数、時間、消去、定着です。
 
これは宗教を例に上げてみるとわかりやすいと思います。
 
まず、教祖のようなトップに君臨する素晴らしいヒトがいるとします。
その考えに賛同した信者たちによってコミュニティが形成されます。
その後長い年月を過ごすと、その考えが当たり前になってきます。
その後、教祖や最初にいた人たちが消えます
しかし、そこにいた人たちの根底の思考には
もともといたコミュニティの思考が定着しています。
あっという間に文化の誕生。
 
重要な点は
今まで固まっていたものがふわっと解き放たれなければいけない
有形に集まるのではなく、意識に浸透していく
 
これが人々の共通認識になるという話です。
 

宗教=文化にならないのはそのため。

文化の背景には宗教がありますがね。

 

これはここまで行けば確実に文化と言えるという話です。

 

もちろん、コミュニティの教祖がいなくならなくても考え方が文化だという人もいると思います。

 

しかし、教祖という絶対的支持者がいなくなっても、価値観は共有されるのでしょうか。

 

まとめ

文化の本質は共通認識であると考えています。

 

例えば、

朝食は食べないといけない

みたいな

 

これはエジソンが作った文化として有名ですが、

少なからずこの考え方はみんなの共通認識にあったはず。

 

文化=コミュニティの共通認識

 

こう言えるでしょう

 

ではまた!