岡ジャベールの新しさ | ■RED AND BLACK■レ・ミゼラブル2015日記

岡ジャベールの新しさ

2幕、下水道シーンのあと、倒れていたバルジャンは、瀕死のマリウスを再び担いで歩き始める。地上から差し込むわずかな明かりを道しるべにしながら、力を振り絞ってマリウスを運ぶときに流れる音楽は、「下、向け 目を合わすな」の旋律。下水道の出口に近づくにつれてテンポがだんだん上がり、緊迫感が満ちてくる。


ここで低音が刻んでいるリズム、心臓がどくどくと脈打つ音のように感じられるときがある。今日もそうだった。いったい誰の心臓かって? 獲物が現われるのを出口で今か今かと待ち構えている、ジャベールのだ。


しかし今日の岡ジャベール、マリウスを連れたバルジャンと対面した瞬間から、身体をこわばらせ、肩で息をしていた。激しい動揺に襲われ、心ここにあらずといった状態である。バリケードでバルジャンに命を救われてしまった自分は、ここでまた同じように人を救おうとしているバルジャンを捕まえることができない。どうしてもできない…。葛藤するジャベールの苦しさ、岡さんの演技を見ていて、初めて思い至った。


逃亡囚を追う使命ひとすじに燃えていた刑事は、すでにここにはいない。そうなると「♪ 慈悲を求めるか この俺に」というせりふもまったく違った意味合いに聞こえてきた。これはバルジャンを挑発している言葉ではなく、ジャベールが自分に問いかけている迷いなのではないだろうか。


もしかしたらジャベールは、いま目の前にいるバルジャンの中に、もうひとりの自分を見てしまったのかもしれない。許しとか愛とか自己犠牲とか、そういうものに心を動かされている自分を。このシーンで、バルジャンはジャベールであり、ジャベールはバルジャンであるともいえる。ここが、わたしにとって今日最大の発見だった。


「♪ 見ろ、ジャベール! 死にかけてる! 譲れ!」と別所バルジャンに真正面から迫られ、岡ジャベールがぎゅっと目をつぶったように見えたのは気のせいか。「♪ よし、バルジャン! すぐ行くのだ!」と背を向けるとき、「よし… バルジャン!」と一瞬ためらいをみせたところに、今までにない人間くささを感じた。


セーヌの橋の上で「♪ どうして許せよう…」と歌いだしたところから、もう拠り所をなくし、ぼろぼろと崩れだしているのが手に取るように伝わってきた。「♪死ぬはずの俺が地獄で生きている」が、「♪ 死ぬはずの俺『は』」になってたけど、「俺は」という言葉に、彼の弱さが表れていたような気がする。ついでにいうと、そのあとで岡さん、さらに歌詞を間違えて「♪ 心が乱れる 許していいか あいつの罪まで信じていいか」とやっちゃった。まあ、そのくらいジャベールの心は崩れていたのだろう(ということにしておこう)。


激しく揺れる心の熱さが伝わってくる岡ジャベール、新しい境地に踏み出している。